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小説作法
しょうせつさくほう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「荷風随筆集(下)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年11月17日
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2010-05-05 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

一 小説はいかにして作るものなるやどういふ風にして書ものなりやと問はるる人しばしばあり。これほど答へにくき問はなし。画の道ならば『芥子園画伝』をそのままに説きもいづべく油画ならばまづ写生の仕方光線の取方絵具の調合なんど鴎外西崖両先生が『洋画手引草』にも記されたりと逃げもすべきに、小説かく道といひては原稿紙買ふ時西洋紙はよしたまへ、日本紙ならば反古も押入の壁や古葛籠が張れて徳用とも答へがたく、さりとて万年筆は何じるしがよしともいひにくかるべし。
一 おのれいまだ一度も小説家といふ看板かけた事はなけれど思へば二十年来くだらぬもの書きて売りしより、税務署にては文筆所得の税を取立て、毎年の弁疏も遂に聴入るる気色なし。警視庁にては新聞図書検閲の役人衆どうかすると葉書にておのれを呼出し小使に茶を持運ばせて、この小説は先生のお作ですなこの辺は少しどうも一般の読者には烈しすぎるやうですこの次からは筆加減でとすつかり黒人扱なり。かうなつては遠慮も無用と先は宗匠家元の心意気にて小説のつくり方いかがとの愚問に対する愚答筆にまかせて書き出すといへどもこれ元より具眼の士に示さんとするものならず。初学の人の手引ともならばなれかし。実をいへば税金を稼ぎいださん窮策なりかし。
一 小説は日常の雑談にもひとしきものなり。どういふ話が雑談なるや雑談は如何にしてなすべきものなりやと問はれなば誰しも返事にこまるべし。世間の噂もはなしなり己が身の上愚痴も不平もはなしなり。日常身辺の事一として話の種ならざるはなし。然れども長屋の嚊が金棒引くは聞くに堪へず識者が茶話にはおのづと聞いて身の戒となるもの多し。田舎者のはなしは七くどくして欠伸の種となり江戸児の早口は話の前後多くは顛倒してその意を得がたし。談話の善悪上品下品下手上手はその人にあり。学ぶも得やすからず。小説の道またかくの如きか。
一 人口あれば語る。人情あれば文をつくる。春来つて花開き鳥歌ふに同じ。皆自然の事なり。これを究むるの道今これを審美学といふ。森先生が『審美綱領』『審美新説』を熟読せば事足るべし。仏蘭西人ギヨオが学説また既に訳著あり。学者の説は皆聴くべし。月刊の文学雑誌新聞紙等に掲載せらるる小説家また批評家の文芸論は悉く排斥して可なり。その何が故なるやを問ふなかれ。唯蛇蝎の如く忌み恐れよかし。
一 小説をかかんと志すものにおのづから二種の別あるが如し。その一は十七、八歳まだ中学に通ふ頃世に流布する小説を読み行く中自分もいつか小説かいて見たくなりて筆を執り初め、次第に興を得やがて学業の進むにつれ遂に確乎としてこの道に志すに至るもの。その二は既に高等専門の学業をも卒へ志定りて後感ずる事ありて小説を作るものなり。桜痴福地先生は世の変遷に経綸の志を捨て遂に操觚の人となりぬ。柳浪広津先生は三十を越えて後初て小説を書きし由聞きたる事あり。夏目漱石先生…

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