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申訳
もうしわけ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日和下駄 一名 東京散策記」 講談社文芸文庫、講談社
1999(平成11)年10月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2010-02-04 / 2014-09-21
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昭和二年の雨ばかり降りつづいている九月の末から十月のはじめにかけて、突然僕の身の上に、種類のちがった難問題が二つ一度に差し迫って来た。
 難事の一は改造社という書肆が現代文学全集の第二十二編に僕の旧著若干を採録し、九月の十五六日頃に之を販売した。すると編中には二十年前始て博文館から刊行した「あめりか物語」と題するものが収載せられていたので、之がため僕は九月二十九日の朝、突然博文館から配達証明郵便を以て、改造社全集本の配布禁止の履行と併せて、版権侵害に対する賠償金の支払を要求せられることになった。改造社の主人山本さんが僕と博文館との間に立って、日に幾回となく自動車で往復している最中、或日の正午頃に一人の女がふらふらと僕の家へ上り込んで来て、僕の持っている家産の半分を貰いたいと言出した。これが事件の其二である。
 博文館なるものはここに説くまでもなく、貴族院議員大橋新太郎という人を頭に戴いて、書籍雑誌類の出版を営業としているものである。ふらふらと僕の家へやって来た女は一時銀座の或カッフェーに働いていた給仕人である。本屋と女給とは職業が大分ちがっているが、しかし事に乗じて人の銭を奪去ろうと企てている事には変りがない。然り而して、こいつァ困った事になりやしたと、面色さながら土の如くになったのは唯是僕一人である。
 僕とは何人ぞや。僕は文士である。政治家と相結んで国家的公共の事業を企画し名を売り利を釣る道を知らず、株式相場の上り下りに千金を一攫する術にも晦い。僕は文士である。文士は芸術家の中に加えられるものであるが、然し僕はもう老込んでいるから、金持の後家をだます体力に乏しく、また工面のよい女優のツバメとやらになる情慾もない。金を獲るには蟻が物を運ぶが如く、又点滴の雫が甃石に穴を穿つが如く根気よく細字を書くより外に道がない。
 二の難事はいかに解決するだろう。解決のしかたによっては、僕は家を売り蔵書を市に鬻いで、路頭に彷徨する身となるかも知れない。僕は仏蘭西人が北狄の侵略に遭い国を挙げてマルンの水とウェルダンの山とを固守した時と同じ場合に立った。痩せ細った総身の智略を振絞って防備の陣を張らなくてはならない。防備の陣を張るにも先立つものは矢張金である。金を獲るには僕の身としては書くのが一番の捷径であろう。恥も糞もあるものかと思いさだめて、一気呵成に事件の顛末を、まずここまで書いて見たから、一寸一服、筆休めに字数と紙数とをかぞえよう。
 そもそも僕が始て都下にカッフェーというもののある事を知ったのは、明治四十三年の暮春洋画家の松山さんが銀座の裏通なる日吉町にカッフェーを創設し、パレット形の招牌を掲げてプランタンという屋号をつけた際であった。僕は開店と言わずして特に創設という語を用いた。如何となれば巴里風のカッフェーが東京市中に開かれたのは実に松山画伯の AU PRINT…

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