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霊廟
れいびょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「荷風随筆集(上)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年9月16日
入力者門田裕志
校正者阿部哲也
公開 / 更新2010-05-09 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 仏蘭西現代の詩壇に最も幽暗典雅の風格を示す彼の「夢と影との詩人」アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』La Cit[#挿絵]des Eaux と題する一巻の詩集を著した。その序詩の末段に、
Qu'importe! ce n'est pas ta splendeur et ta gloire
Que visitent mes pas et que veulent mes yeux ;
Et je ne monte pas les marches de l'histoire.
Au devant du H[#挿絵]ros qui survit en tes Dieux.

Il suffit que tes eaux[#挿絵]gales et sans f[#挿絵]te
Reposent dans leur ordre et tranquillit[#挿絵],
Sans que demeure rien en leur noble d[#挿絵]faite
De ce qui fut jadis un spectacle enchant[#挿絵].

わが歩みヴェルサイユを訪ひわが眼ヴェルサイユを観んと欲するは
そが壮麗と光栄のためならず。
数知れぬ神となされて路易大王はなほも世にあり。然れば
われ何ぞ史伝の階段を極め昇るに及ばんや。

荒廃のいとも気高き眺めの中には、
美しき昔のさまの影もあはれや、
遊楽後を絶ちて唯だ変りなきその池水のみ、
昔の秩序と静寧の中に息ひたるこそ嬉しけれ。
という句がある。
 自分が頻に芝山内の霊廟を崇拝して止まないのも全くこの心に等しい。しかしレニエエは既に世界の大詩人である。彼と我と、その思想その詩才においては、いうまでもなく天地雲泥の相違があろう。しかし同じく生れて詩人となるやその滅びたる芸術を回顧する美的感奮の真情に至っては、さして多くの差別があろうとも思われぬ。
 否々。自分は彼れレニエエが「われはヴェルサイユの最後の噴泉そが噴泉の都の面に慟哭するを聴く。」と歌った懐古の情の悲しさに比較すれば、自分が芝の霊廟に対して傾注する感激の底には、かえって一層の痛切一層の悲惨が潜んでいなければならぬはずだと思うのである。
 ポンペイの古都は火山の灰の下にもなお昔のままなる姿を保存していた実例がある。仏蘭西の地層から切出した石材のヴェルサイユは火事と暴風と白蟻との災禍を恐るる必要なく、時間の無限中に今ある如く不朽に残されるであろう。けれども我が木造の霊廟は已にこの間も隣接する増上寺の焔に脅かされた。凡ての物を滅して行く恐しい「時間」の力に思い及ぶ時、この哀れなる朱と金箔と漆の宮殿は、その命の今日か明日かと危ぶまれる美しい姫君のやつれきった面影にも等しいではな…

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