えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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図書館協会六十周年に寄せて
としょかんきょうかいろくじっしゅうねんによせて
副題――大衆に奉仕する一大組織体へ
――たいしゅうにほうしするいちだいそしきたいへ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「中井正一全集 第四巻 文化と集団の論理」 美術出版社
1981(昭和56)年5月25日
初出「出版ニュース」1951(昭和26)年10月上旬号
入力者鈴木厚司
校正者富田倫生
公開 / 更新2009-04-05 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ユネスコの国際的報告書を読むと、日本はイスラエルとパキスタンにはさまれて、日本は図書館に関して処女地 Virgin Soil であると書いてあるにすぎぬのである。
 私はこの数行を読むとき、いかにも敗れたる国のみじめな国際的取り扱いの地位を感じさせられたのである。
 一等国であったのは、軍艦「大和」と、「人間魚雷」だけであって、文化の組織としては、パキスタン級であると世界は見、一野蛮国扱いなのである。
 果たしてそうであろうか。しかも六十年の図書館の協会史をもっていてである。
 ここに私たちの反省すべき点があるのである。彼らが図書館というのは、公衆がつくった、公衆のための、公衆が主宰する図書館のことである。
 日本のこれまでの封建制の貴族の所有物であったとき、単にそれは財宝であって、人によって害せられず、水火で損ぜられないことがその主な目的であった風習がいまだ残っていたのである。
 まだ陽明文庫が、その形をもっているように、富豪の持ち物としての静嘉堂文庫、東京文庫すらその形式を追っていたのである。
 地方の中央図書館も、浅野文庫がそうであったように、それから転化したものがあったのである。
 この伝統のもとにあったものは、はるかに民衆の上に聳えたち、見下し、威厳を保っていたのである。
 欧州でも、この出発をもち、かの丸天井のロマネスクの教会風な威厳のコケ威しは、その残存物である。アメリカの国会図書館の旧館でも、レーニン図書館すらその残存物を残している。
 この伝統を、欧米はいち早く脱して、「文庫から図書館へ」の道を一九〇〇年代に蝉脱していったのである。
 日本は、それから立ち後れていったのである。協会はできていたが、会長と、図書館人との関係は、やはり大名と小名の身分関係の上に成立していたとも考えられるのである。
 ちょうどそれのように、本の多く、建物の大きく、歴史の古いのが大図書館として格が上であると考えていたのである。
 何ぞしらん、もし、公衆の利用の点からいうならば、この格は反対の場合もあるのである。何故ならば一度配列したら容易に動かせない本とカードの構造は、それは古い図書館ほど、その形式も古い可能性が多いのである。中にいる人がいかに立派でも、もし、人員と予算が少ないときは、いかんともしがたいときがあるのである。
 数年前、アメリカ図書館使節、ロバート・ダウンズ氏が上野図書館を見たとき、本が大きさの順に列んでいるのを見て、前の国立図書館がこの状態では、と、その驚きと打撃は大きかったらしい。
 しかし、百万冊の本ともなれば、人と予算がなければ、その中の人々は日本最高水準の人であったにもかかわらずいかんともしがたいのである。
 上野図書館が近年(戦前)まで、本を読むには、上衣を着るか、袴をはいてこいという、半封建的文庫形式をもっていたことが積り積って、ここま…

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