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霧の中のヨードル
きりのなかのヨードル
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「アフォリズム」 てんびん社
1973(昭和48)年11月8日
初出「灯影 10号」1962(昭和37)年
入力者鈴木厚司
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-04-28 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 一九二二年頃の事である。
 朝日新聞が写真班を組織して、富山から大町へぬけるコースを募集したことがあった。藤木九三氏、長谷川写真班員等も同行した。
 そのとき剱と立山の「主」、かの有名な長次郎と平蔵がその郎党と共にこの行に参加した。
 私も、写真機を肩に、一学生として、加わったのであった。
 最後のコースは平の小屋、ザラを越えて、大町にぬけるコース。ザラにかかったのは昼であった。
 山のピークは晴れ渡っていた。
 数里へだたっている立山の頂上の神社の太鼓の音が、虚ろなほど寂かな空気の中を鮮かに、しかし、かすかに、広く広く空を真っ直ぐにわたって聞えて来る。
 長次郎は私をいざなって、一つのピークに立った。そして昔の山びと特有のヨードルを高らかに放った。鳶の鳴き方に一寸似た、[#ここから横組み]“Oho………horrr………ooo”[#ここで横組み終わり]という様な、美しい声であった。
 声は遠く寂けさの中に消えて行った。しばらくして、思いかけず、見ゆる峰々から「木霊」が帰ってくる。
 一つ二つ三つ……四つ。
 そして、もとの空虚な深い孤独感の様な、静寂にかえって行った。
 ところが、耳をうたがったのであるが、霧の底から、同じヨードルが帰って来た。
 Oho……ho……rrr……ooo………
 一つ二つ三つ……
 これは、霧の谷の底を、わたっている山びこが、遠い見も知らぬヨードルに、答えて呼んだに違いない。
 私は何故とも知れない深い感動をうけた。
 この高さで、よび合っている二つの孤独。
 山と山の木霊の様によびかわしている、霧の中に追い求めているヨードル。
 この寂けさの中にして、この孤高にして、相求めている淋しさ。
 これは私に、今も、まざまざと、生きて、青春の声として、胸の中に響き渡っている声である。
 山びとの、高さへの熱情、清らかさへの熱情、孤独への熱情、この熱情の底に漲っている、涯もない寂寥の美しさが、山の誘惑として、今も私の中に響き渡ってやまない。
〈一九五一・三〉



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