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廃墟(一幕)
はいきょ(ひとまく)
作品ID49718
著者三好 十郎
文字遣い新字新仮名
底本 「三好十郎の仕事 第三巻」 學藝書林
1968(昭和43)年9月30日
初出「世界評論」1947(昭和22)年5月号
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-01-23 / 2014-09-21
長さの目安約 140 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人間

柴田欣一郎
誠     その長男
欣二      次男
双葉      次女
富本三平
圭子
清水八郎
せい子
お光
浮浪者
[#改ページ]
柴田一家が住み、食い、寝ているガランとした大きな洋室。もとはかなり立派な室の、現在では家具調度もなくなり、敷物もはぎとられた裸かの板敷の床。こちらに、仕事机兼食卓の大きな楕円形のテーブル。それを取りかこんで五六の椅子と腰かけ、奥の窓の下にテーブルと椅子。上手のズット手前に坐る式の勉強机。下手の手前の隅が炊事場になっていて、シチリンやバケツや薪や手斧や釜や急造の食器台など。あちこちの壁に寄せて、寝具と書籍が積みあげてある。上手奥の隅の天井が破れてポッカリと黒い大きな穴があき、天井と壁に裂け目が入っている。天井からさがっているシャンデリヤ。奥下手よりに出入口。上手の壁の手前に扉。その奥の壁に立てかけた梯子。
奥の窓から半焼けになった庭木の頭と晴れた夕空。
誰もいない。静かな中に、時々どこかでドシン、ドシンと鈍い音――間。

奥の出入口から清水八郎が出て来る。学生服の左腕が肩の所から無く、上着の左袖はポケットの中に突込んでいる。右手に重そうなフロシキ包をさげている。五六歩入って来てキチンと両足をそろえて立ちどまるが、誰も居ないので、あちこちを見る。――フロシキ包を床におろす。ハンカチを出して額の汗をふく。
同じ出入口からせい子が出て来る。抜けるように色の白い、しなやかな身体つきの三十前後の女。ひとえの着物にモンペ。美しい素足と泥だらけの両手。

せい ……(そのへんを見まわして)あら、どうなさいまして?
清水 ……はあ。
せい 先生は?
清水 は?
せい どっかへ、あの――?
清水 いらっしゃらないんです、どなたも――。
せい へえ。……ひるっから、そこでおよっていらしったんですけどねえ。(上手の壁のわきに敷きっぱなしになっている敷きぶとんを見る)――裏へでも、じゃ、おいでかしら、呼んでまいります。
清水 ――寝ていられると言うと、先生、まだやっぱり、おからだが――?
せい いえ、かくべつ、どこが悪いと言うんじゃないんですけど、なんですか、弱っていまして――私ども、心配しているんですけど――なんしろあなた、ちかごろの――(その時またドシンと響く音に気づいて)ああ! また、なすってる!(床を見る。上手の扉の近くの床板が三尺四方に切り取られて、そのあげぶたが横にずれたところから黒く見える床穴の所へ行き、下をのぞき込む)先生! あの、先生!――(床の下からユックリ何か答える声)
清水 何をなさってるんです?
せい 防空壕なんですの。
清水 防空? 今頃、また――?
せい 戦争中、先生、ご自分でお掘りんなったんですの、この下に、電燈を引いたりして。とても、そりゃ――。いえ、戦争がすんで、埋めちまったにゃ埋めちまったんですけど…

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