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能面と松園さんの絵
のうめんとしょうえんさんのえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「青帛の仙女」 同朋舎出版
1996(平成8)年4月5日
初出「國画」1942(昭和17)年4月号
入力者川山隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2009-03-25 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 二十年! もっと以前になりますか、私が松園さんを御稽古していたのは。近頃私は素人には稽古をしないので、松園さんの直接の御稽古は門中の廣田が行っています。近頃の謡もよく存じてますが、素質の良い方ではあるし、熱心で、なかなか上手です。私が松園さんを御稽古したり、又その方面から観まして感じた事は、ああいう風に今日画壇で女性として第一流の画家になるには並大抵の苦労ではなかったであろうと思う事です。それは謡曲を稽古していましても、素質がいいのですから直ぐ憶えて又解っていられるのですが、早呑込みを仕無いで得心の行くところまで訊きもし、又稽古をする方です。芸能というものは種別は変っても、その心掛けなり、態度なりはその人はその人としての同じものがあるから、その推定から松園さんは絵にも同じものがあるであろうと想っています。
 世間には「鈍勝ち」という事がある。才智が無くって愚鈍な者が一生懸命に努力する。他の人より何倍かの苦労と努力をしてその精励が実を結んで才智のある素質のいい人を抜いて行く。つまり愚鈍な者が努力で勝つ「鈍勝ち」である。この鈍勝ちは世の中の教訓として教えられ、又事実世間の事柄ではこの鈍勝ちである事を見受けるものであるが、然し芸能の世界ではこの鈍勝ちは、鈍勝ちの実を結ばないので、芸能には生れ付きの素質の良い事が大切な条件の一つになるので、生来芸能には鈍で、感の悪い、理のさとりの迂鈍な素質の悪い者は如何に努力しても大成しないのが普通です。どうもその人には気の毒だが芸能の世界はそうした特殊なものなんでしょう。然しただ素質が良いからそれでいいかというと、そうでない。矢張鈍勝ちと同じ努力や精進がなければならないので、玉磨かざればで素質の良い者が努力して初めて大成するのです。松園さんの場合もそうだと思う。今言った様に謡も素質が良いが努力もされる。そんな風に本技の絵となると、素質のいい上に数十年に亘る苦心と努力の精励を積み上げてあの立派な絵が出来たのだと、私は松園さんを知る限りに於てはそう考えています。
 能や謡曲は絵に関係ある事柄が多いが、能を絵にしたりする人が沢山あって松園さんもやってますが、色々の観方や行き方があるものです。これは謡曲の方でちょっと余談になりますが私が景年さんの御稽古をしていた時に、景年さんが謡曲の文章で風景を讃美したりする美文の所にくると「先生もう一度謡ってください」と黙ってそれを傾聴するのです。謡い了ると又同じ所を「もう一度お願いします」と言って何度も謡わせまして傾聴して考えていました。これは景年さんが謡曲の謡い方を稽古するのでなくって、その所を絵にする為で、それが景年さんの絵に時々なったのでした。ここで面白いのは景年さんが只その文章の美文だけを読んで絵にするのではなくって、謡という芸になったものを狙ったので、謡曲がその風景を美化して出す、その味を…

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