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肌の匂い
はだのにおい
作品ID49747
著者三好 十郎
文字遣い旧字新仮名
底本 「肌の匂い」 早川書房
1950(昭和25)年11月10日
初出「婦人公論」1949(昭和24)年8月~1950(昭和25)年7月号
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-08-15 / 2014-09-21
長さの目安約 385 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        1

 それは、こんな男だ。
 年齡二十六七。身長五尺四寸ぐらい。體重十五貫と十六貫の間。中肉でよく發達した、均整のとれたからだつき。顏は正面から見ると割りに寸がつまつて丸いが、横からだと面長に見える。鼻筋がすこし長過ぎる位に通つているせいか。色は白い、と言うよりも蒼白。ひどく冷たい感じの皮膚。頭髮豐かで、廣い額の、上の方が女にもめつたに無いクッキリとした富士びたいになつている。全體がまるで少年――時にほとんど女性的な……いや、初めからこんな事を書きすぎている。もうやめるが、とにかく、こう書いて來ると、一人の美青年を人は想像するかもしれない――事實、道具立ての一つ一つを取れば、端麗とも言える顏だちだ――が、全體から來る印象は、なにかしらアイマイで不快である。
 それは目のせいかとも思う。ふだんは別になんでも無いが時々實にイヤな目つきをする。形も色も普通な目だから、どんなふうにと説明することがチョットできないけれど、暗い、無智な、それでいて底の知れないズルサのようなもので光る。すべての物をけがす目――そんなものが、もし有るならば、それだ。思い出した。私は以前に、人と犬の群にかり立てられた末に、半分死にかけて捕えられたテン(人々はそう言つていた)を見たことがある。あの時あの動物が人と犬の圓陣をジッと見まわしていた目だ。極端な傲慢さと極端な臆病さとが、いつしよになつた目。強度の求訴と強度の不信とがいつしよになつた目。……いけない、又はじめた。いつも戯曲を書いているためのクセである。しかし、ひとつには、こうして坐つていても、私の眼の先からこの男の姿を拂いのけることが出來ないためである。とにかく、いいかげんに、話の本筋に入る。それに、この男の以上のような異樣な人がらに氣が附いたのは、私にしても、かなり後になつてからのことだから、普通の人が普通の眺めかたをすれば、あたりまえの一人の美青年として通用するのかもしれない。そうだ、たしかにそうかも知れない。げんに、あの時――終戰後はじめて私を訪れてきた時に、あとから訪ねて來た綿貫ルリが、二時間ばかり同席しているうちに、彼に對して急速に好意を抱くようになつたこと、そしてそのあげく、夜おそく二人がつれだつて歸つて行くことになり、そして、その結果、あのような、わけのわからない奇怪な事件がひき起きてしまうことになつて、そのため私までが事件の中に卷きこまれてしまつて、すくなからぬ迷惑をこうむることになつた――そういう事のすべてが、すくなくとも最初の間、ルリの目にはこの男が一人の感じの良い、おとなしい青年に見えたためだろうと思われるのである。……以下、順序を追つて書いてみよう。

        2

 その頃――終戰の次ぎの年の春――私は、人に會いたくなかつた。誰に會つても、しばらくするとイヤになつた。先ずたいがい相手の…

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