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知己の第一人
ちきのだいいちにん
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第五巻」 春陽堂書店
1978(昭和53)年11月30日
初出「ホトトギス 第十六卷第六號」1913(大正2)年8月10日
入力者林幸雄
校正者岡村和彦
公開 / 更新2016-04-03 / 2016-03-04
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私が伊藤君に會つたのは、丁度明治三十三年の四月の一日でした。子規先生の根岸庵短歌會の席上でした。三月の下旬に始めて根岸庵を訪問して四月の一日に伊藤君に會つたのでした。が其の時は別段談話を交換することも無かつた。それから二三日經つて私が伊藤君を訪問しました。折よく居まして種々話をしましたが、其の時私の言つた事を非常に喜んでくれた事が今でも明かに耳に殘つて居ります。根岸の多くの同人中私の訪ねたのは伊藤君が始めでした。それから今日に至るまで、上京する度に殆ど一度は伊藤君を訪ねない事は無かつた。最初の多くの同人中で終始變らずに交際を續けてゐたものは伊藤君と私位のものだらうと思ひます。
 これは餘程後になつて考へたことで、この事は伊藤君へ手紙で言つてやつたこともあるのですが、一體伊藤君と私とは、よく考へて見ると殆ど總てが正反對である。第一體が違ふ。一方は肥つた強い偉大な體格であるが、私は非常に小さく痩せてゐて弱い。此の事に就いては子規先生在世中笑はれた事もある。それは或時先生の枕頭で柿本人麿の話が出た。其の時伊藤君は、人麿といふ人は、あの悠容として迫らない作風を見るとどうしても肥つた人に違ひないと言ふ。私はその説とは反對で、その響きの如何にも悲壯なのを見ると、どうしても痩せた人だと思はれると言つたことがありました。さういふやうな事で、子規先生は非常に笑はれて、その事を直きに「病牀六尺」だかに書かれたことがありました。
 それから其作篇を見ても伊藤君のものは全體に男性的であるが、私のは何だか女性的であるやうに自分でも思つてゐます。殊に近年のものになると歌は勿論其の他の小説のやうなものでも寫生文のやうなものでも、私は餘り敬服して居らなかつた。それといふのは、一つは、伊藤君の仕事が如何にも、粗雜であつたからである。以前は私は文章といふことは一向書くことも知らない。子規先生沒後何年かの間は唯歌ばかり作つて居つた。だから、子規先生の在世中から相應に文章を書いてゐた伊藤君の歌以外の方面は殆ど心を傾けなかつた有樣であつた。それがいつの間にか、歌の方はお留守になつて、書けば單に文章といふことになつて了つたのです。さうなつて見ると、私は非常に文章を作る事に骨を折つて見たい。して十分骨折つて見ないと自分のものを讀んでくれる多くの人々に對して濟まないやうな氣もするし、又さうしなければ自分の氣が進まない。さういふ事から、放膽な伊藤君のやり方が何だかいつも氣になつてゐた。ですから近年はさういふ方面で餘程伊藤君とは離れて居つたのです。
 一體が伊藤君は自信力の非常に強い人で、他人が何と言つたところで容易にそれを容れるやうな人でない。先づ非常な頑固な人と言つて好い。極端にいへば固陋な所の非常に多かつた人のやうにも思はれる。又た其の立論が總て知識の上から來てゐるのでなく、全く自分の頭から出たものが…

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