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俳優への手紙
はいゆうへのてがみ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「三好十郎の仕事 第二巻」 學藝書林
1968(昭和43)年8月10日
初出「演劇」1943(昭和18)年4月号
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-07-10 / 2014-09-21
長さの目安約 65 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      1

 丸山定夫君――
 本誌〔演劇・昭18〕昨年十二月号に君の書いた「答えと問い」を読んだ。その中で君は、先頃から僕が君にあてて出した手紙に就て君の考えたことを述べている。
 その真率な調子に、先ず[#「先ず」は底本では「先づ」]僕は頭を下げた。しかもそこに書かれている事は、昨日や今日、ヒョイと思い附かれた即興的な感情では無く、永い過去から現在に至るまでの良心的俳優としての君が経験して来た事実から生み出された考え方――言って見れば、君の身体に叩き込まれた所から出ている「音」である。それは殆んど運命的な径路と時日を要して君の裡に少しずつ少しずつ蓄積され形成されて来た思想の切断面である。
 僕は君のために、よろこんだ。君が、君としては珍らしくムキになって来ていることが解り、ああ丸山もいよいよボヤボヤして居れなくなって来たと思い、わが友丸山定夫の素顔を近々と見る思いがして、君に対して僕が抱いて来た永い敬愛の念を新たにしたことである。
 僕の気持はうれしいと言うよりも、むしろ、ありがたいと言うに近かった。君の意見自身の是非のことではない。君のムキな態度のことである。君にこの様なムキさが失われて居ず、そしてこの様なムキさを君が持ちつづけて行ってくれるならば、それは、やがては君自身をも、それから僕をも、それからその他の演劇人達をも、より高い、より確乎とした境地へ引き上げてくれる事が出来ると思ったのだ。
 願わくば、このムキな態度を持ちつづけてくれ。逃避したり、はずしたり、詭弁に[#「詭弁に」は底本では「詭辨に」]陥ちたり、自嘲に堕したりしないでくれ。君は君の文章の中で「一つの劇団の活動は永続させることが何よりも大事だ」と言っているが、そしてそれは確かに真理であるがしかし今の場合、それよりも尚一層大事なことは君自身のこの様なムキな態度が永続してくれることだと僕は思う。

      2

 さて、僕は近来益々「言説」の無力さ無意味さを痛感する。よしんば、その言説がどの様に正しくても、それが言説だけとして存在している限り、殆んど何の役にも立たない。場合に依って徒らに世間を騒々しくさせるだけだと言う意味で有害でさえあると思う。要は身を以て実行することにある。また、身を以て実行していれば、その余のことを、あげつらっている暇は無いのだ。
 僕は劇作家だ。戯曲を書くことに、自分の貧しい力を集中すれば足りる。言いたい事があったら自分の作品で言う。自分の作品で語れなかった事、言い足りない事を、作品以外の所で言い散らして見てもそれが何になる? それは卑怯であり未練である。と同時に、どう足掻いて見ても、言い足りることにはならない。言えば、僕と雖も見る眼を持ち考える頭を持っているのだから、世上の現象の一つ一つに就て自分なりの見解は持ち合せている。時に依ると、これはチョットした達…

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