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浮標
ブイ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「三好十郎の仕事 第二巻」 學藝書林
1968(昭和43)年8月10日
初出「文学界」1940(昭和15)年6、7月号
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-11-29 / 2014-09-21
長さの目安約 188 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

時…………現代
所…………千葉市の郊外
人間…………
 久我 五郎(洋画家。三十三歳)
    美緒(その病妻。三十三歳)
 小母さん (四十四歳)
 赤井源一郎(五郎の友人。三十歳)
   伊佐子(その妻。二十三歳)
 お貞   (美緒の母親。五十一歳)
 恵子   (美緒の妹。二十八歳)
 利男   (美緒の弟。二十六歳)
 比企 正文(五郎の友人。医学士、三十七歳)
    京子(その妹。二十五歳)
 尾崎 謙 (小金貸。三十八歳)
 裏天さん (家主の荒物屋。四十八歳)
 酔つた男
 少年
 少女 1
 同  2

     1 家で

 海添ひの村の一角に建てられた旧さびれた借家を庭の方から見た所。
 上手から下手へ座敷(病室)、三畳の玄関、六畳の居間、その前に廊下、廊下を通つて湯殿、便所の順序で、何の曲もなく一列に細長い平屋。上手は垣根を隔てゝ隣家、下手は便所の角を曲つて裏木戸へ通ずる。庭には二三本の樹とこはれかゝつた藤棚と、少しばかりの草花。
 夏の末のよく晴れた正午前。遠い沖の方を通る船の汽笛がボーツと響いて来る。……四辺はジーンとする程静かだ。

 美緒が、病室の前の縁側に据ゑられた静臥椅子の上に横になつて、ウツトリしてゐる。中形の浴底の[#「浴底の」はママ]胸にはでな色の大きな経木製の海水帽を抱いてゐる。患つても顔はあまり痩せぬたちで、どちらかと言へばフツクラとして顔色も良いし、チヨツト見には病人のやうには思はれぬが、実は第三期の殆んど重態と言つてよい位の患者である。よごれぬ白足袋を穿き、身だしなみ良く、白い柔かい顔を縫取つてゐる[#「縫取つてゐる」はママ]ユツタリとした束髪。永い間の病苦にさいなまれ尽した末、それに抵抗する事の不可能なことを知つた結果、普通とは反対に、極めて無邪気な幼児の様に柔順な明るい人柄になつてしまつた。時々、自分の眼の前に在るものを透して遠くの物を眺めてゐるような虚脱状態を呈することがある。
……そのまゝで、永い間。

小母さんの声 (此処からは見えない台所で)……ふえゝ! まあま、出しぬけにビツクラするぢやないかいな! いつもその通りですなあ、あんたはん! 声も掛けんと、だまあつて入つて来てヌーと突立つておいやす。ホンマに……(あとはハツキリ聞えなくなる。この小母さんは、かなりひどいツンボのために、口の利き様がスツトンキヨウに高調子だ。京都生れだが、中年から大阪や東京や田舎などに移り住んだせゐで、いろいろな言語が混り込んで、不思議な京都弁になつてしまつた。誰か台所口に訪ねて来てゐる声がゴトゴトする。それを相手に喋つてゐるらしい)……アツハハハ、ハハハ、そんな事お言ひやしても、私はツンボーではおまへんで、ハハハ、どれどれ、なにが有るか見せとくなれ。ホウ!
美緒 ……(その方へ耳を澄ましながらニコニコしてゐる)
小母…

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