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夜汽車
よぎしゃ
作品ID49787
著者尾崎 放哉
文字遣い新字旧仮名
底本 「尾崎放哉全句集」 ちくま文庫、筑摩書房
2008(平成20)年2月10日
入力者蒋龍
校正者成宮佐知子
公開 / 更新2013-09-08 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「それで貴女とう/\離婚れてしまいましたので……丁度、昨年の春の事で御座いました」
「まーとう/\。ほんまに憎らしいのは其女の奴どすえなー、妾なら死んでも其家を動いてやりや致やしませんで、」
あんまり今の女の声が高かつたので、思はずわれも其話しの方に釣り込まれた。
我は少し用事があつたので神戸の伯母さんの家へ、暑中休暇に成るとすぐから行つて居たのであつたが、つい/\長くなつたので有つた、処が此間大坂の我家から、もー学校の始まるのも近々になつたのだから早く帰れと云ふて手紙が来たので仕方がなく帰る事にした で、今朝立つと云ふ処であつたのが、馴染になつた姪や、従妹に引とめられてしまつて、汽車に乗つたのはかれこれ晩の六時すぎでもあつたであらう、夜の故か乗客は割合に少ない、今朝手紙を出して置いたから家でも待つて居るであらう、此土産を弟に出してやつた時、どんなに喜ぶであらう、などゝ考えて腰かけて居る内に今の女の大声に破られたのであつた。
合憎われとは大分はなれて居たのでよくは分らぬが、年は廿七、八まだ三十には成るまい、不絶、点頭勝に、こちらに脊を向けて腰かけて居る、薄暗いランプの光に照されて透通るやうに白い襟足に乱れかゝつて居る後毛が何となくさびしげで、其根のがつくりした銀杏返しが時々慄へて居るのは泣いてゐるのでもあるのか、これと向ひあいに腰かけてゐるのが今大声をだしたので、年は四十位に見えるが、其赤ら顔は酒を呑む証なのであらう、見るから逞しそうな、そして其の袖口の赤ひのや、薄紅をさして居るのが一層いやらしく見える、が、一更すましたもので、其だるい京訛を大声で饒舌べつて居る、勿論絶えず煙草はすつて居るので。他の四五人の男の乗客は大概うつら/\してゐる、やうである。
「それから貴女神戸に腹更りの兄が一人御座いますので それに今では厄介になつて居るので御座います」
「第一貴女が御ゆるいのどすえなー、れつきとした女房で居やはつてなー、そんな何処の馬の骨だか牛の骨見たやうな女に、何程御亭主が御好ぢや云ふたつて、自分から身を御引きやすと云ふ事が御ますか、ほんまに、……」
一人で怒つて、カン/\と叩く煙管の音も前よりは烈しくをぼへた。
「そして又えらう心気な御様子でおますが、何処に御行やすのどすえ」
暫しして忍び音に語り出したのは銀杏返しの女である
「…………どをせ貴女……妾は泣きに生れて来たやうなもので御座います………それも妾の不運と存じては居りますが………まだ一しよで居りました時に信太郎と云ふ男の子が一人御座いましたので……丁度今年で六つで御座います、……それを貴女離嫁れる折に置いて行けと申しましたので、しかたなく置いて帰つたので御座います」
「まー御ぼんさん迄御有りやしたので」
と又横槍を入れる、
「それが只一つ心残で御座いましたので、返ります折に隣りにそれは/\親切な御婆さ…

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