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手長と足長
てながとあしなが
作品ID49815
副題土蜘蛛研究
つちぐもけんきゅう
著者喜田 貞吉
文字遣い新字新仮名
底本 「先住民と差別 喜田貞吉歴史民俗学傑作選」 河出書房新社
2008(平成20)年1月30日
初出「民族と歴史 第一巻第四号」1919(大正8)年4月
入力者川山隆
校正者しだひろし
公開 / 更新2010-10-09 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 三才図会に長脚国・長臂国がある。「長脚国は赤水の東にあり、其の国人長臂国と近く、其の人常に長臂人を負ひて、海に入つて魚を捕ふ。長臂国は※[#「にんべん+焦」、36-4]僥国の東にあり、其の国人海東にありて、人手を垂るれば地に至る」とある。全く空想の国には相違ないが、我が清涼殿の荒海の障子には、これを絵に書いてある事が枕草子にも見えて、人口に膾炙しているところである。信州諏訪には手長大明神・足長大明神の二社がある。諏訪旧蹟誌(安政四年)には、手名椎・足名椎を祭ったのであろうと書いてあるけれども、単に手足相対することと、呼声の近いのとから想像したので、もとより拠はない。また足長とはないが、上野利根郡後閑村には八掬脛社というのがあって、長髄明神というとの事が、松屋筆記(七十八)に見えている。嘉永の富田永世著上野名跡誌には、安倍貞任の残党の霊を祭ったのだとも、越後風土記に見えた土蜘蛛八握脛を祭ったのだとも云うとある。また安政の毛呂権蔵著上野国志によるに、貞任の残党説は、その社の別当国泉寺の寺記から出ているらしい。国志の記する土人の説には、

上古長人あつて人民を劫掠す。此の地に懸崖あり、其の半腹に窟あり。此人藤を以て山上より縋りて窟中に隠れ住し、夜は出でゝ劫掠す。百姓之を愁ふ。久しうして後其宅窟を審察して、藤縄を剪断す。長人去る事能はず、終に窟中に斃る。其脛八掬あり。後人奇として之を祀るといへり。

 とある。大太郎法師と同じく、一つの巨人伝説の附会したものである。
 足長の神は他に所見が少いが、手長の神は各地に多い。延喜式には、壱岐国壱岐郡手長比売神社、同国石田郡天手長男神社・天手長比売神社があって、後の二社は名神大社と仰がれ、その手長男神社は同国一の宮ともなっている。祭神は一宮記に、天思兼命の一男とあるが、もとより拠るところを知らぬ。太宰管内志には文化十年の壱岐島式社考を引いて、祭神天忍穂耳尊・手力雄命・天鈿女命とある。また手長比売神社の祭神は、同書に壱岐図説を引いて、忍穂耳尊の妃栲幡千々姫命と、稚日命・木花開耶姫命・豊玉姫命・玉依姫命だとしてあるが、果して旧説承けるところがあるか否かわからぬ。
 関東・奥州にはことに手長の社が多い。中にも有名なのは磐城宇多郡(今相馬郡)新地村の手長明神で、これは貝塚と関係のある神らしい。奥羽観蹟聞老志に、

新地村の中に農家あリ[#「農家あリ」はママ]、貝塚居といふ。往昔神あり、平日は伊具の※狼山[#「鹿/(暇−日)」、37-13]に居て好んで貝子を食ふ。臂肘甚だ長く、屡長臂を山巓に伸べて数千の貝子を東溟の中に撮り、其の子を嚼ひ、殻を茲の地に棄つ。委積して丘の如し。郷人其の神を称して手長明神と謂ふ。委殻の地之を貝塚と謂ふ。其の朽貝腐殻如今なほ存す。

 とある。同書伊具郡の条にも同様の事が書いてある、同郡山上村にも手長明神が…

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