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疵だらけのお秋
きずだらけのおあき
作品ID49827
著者三好 十郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「三好十郎の仕事 第一巻」 學藝書林
1968(昭和43)年7月1日
初出「戦旗」1928(昭和3)年8~11月号
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-11-25 / 2014-09-21
長さの目安約 74 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

人間
お秋(26)
その弟(16)
沢子(22)
秦(中年の仲仕)
阪井(片腕の仲仕)
初子(24)
町田(25)
杉山(36)
女将
客達
仲仕達

或る港の酒場

(一) 沢子の室


六畳。それに続いて向かつて左の隅に三畳。おそい午後。まだ電燈がつかない。三畳の方は殆んど真暗である。六畳に沢子が寝てゐる。三畳の暗がりにお秋の弟が机に坐つて封筒張りをしてゐる。――紙の音がバサバサ聞える。間――
沢子 (身じろぎをして、三畳の方へ襖越しに)恵ちやん。
弟 ――(答無し。紙の音)
沢子 恵ちやん。――恵ちやん。まだお仕事は済まないの?(弱々しく)そんなに、あんまり詰めてすると、また、眼が痛み出してよ。――ねえ。少し休んだらどう?
弟 ――(答無し。紙の音)
沢子 ――まだ姉さんは帰つて来ないの?
弟 ――(答無し。紙の音)
沢子 (返事をされない事には慣れてゐるらしく)――また秋ちやん、鑑札を取上げるとか何とか言つて、おどかされてゐるんだわ。――ほんとに、秋ちやんはいつも苦労の絶間がないわねえ。――苦労を一人でしよつてゐるんだわ。――ほんとに、――。
弟 ――(答無し。紙の音)

沢子 ねえ、恵ちやん。あんたは、いゝ姉さんを持つて仕合せだわねえ。私なんぞ、あるにはあるけど――(間)ねえ、もうお師匠さんとこへ出かける時間ぢやないの?
弟 ――(答無し)
沢子 早く切り上げて行かないと、また姉さんに叱られてよ。よ、恵ちやん。私はね――(続けようとするが奥の梯子段を昇つて来る足音に、言葉を切る)
奥から女将の声
声 沢ちやん。
沢子 ――
声 何を話してゐるの? ……大分元気さうだねえ。どう、身体の工合は?
沢子 えゝ……。
声 いつまでも、グズグズぢや私の方も困るんだがねえ。どうとかもう……。
沢子 えゝ、それは、よく解つてゐます。ゐますけど――腰がまだ痛んで――。
声 いえさ、無理をしろとは言やあしないさ。しかしねえ、お前が休んでから、もう一週間だからねえ。それに、なんだよ。こゝんとこ桟橋ぢやあんなに船が立てこんでゐて、あの連中今日明日にも下船するとかしないとか騒いでゐるんだろう。あんな、ストライキだなんて言つても、何にもなりやしない事はわかつてゐるさ。先の時だつてさうだつたものね。しかし私達にして見りや、こんな時に稼いどかなけりや、冥利が悪いと言ふもんだよ。それで――。
沢子 本当でせうか、下船すると言ふのは?
声 本当にも嘘にも浜ぢやまるで火事場の騒ぎだよ。おまけに、浜仲仕の組合でも一緒にストライキをおつぱじめるんだとさ。何が何だか馬鹿げたお話だけど、なんしろさうなると九百人からの仲仕が暇になるんだから、さうなるとお前、私の店だつて――。
沢子 ごめんなさい、おかみさん。それは、出ろと言はれれば明日からでも――。
声 何を言つてゐるんだよ、私や無理にと…

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