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恢復期
かいふくき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「雪の宿り 神西清小説セレクション」 港の人
2008(平成20)年10月5日
初出「文藝 第五号」1930(昭和5)年2月
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2012-02-07 / 2014-09-16
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

[#ページの左右中央]


美術を介したる人間の像に於ては、
静安なのが肉体の第一の美である。
――アングル随想録


[#改ページ]

一九二八年六月七日(熱海) 大いなる熱が私を解放した。私は再び鎔和された人間だ。いま霧のなかから静かに私の前にたち現れるのは、私の曾て知らなかつた新たな廻転をもつ世界である。その世界にはまだ何一つとして名のついてゐる物はない。この私が多分すべてを名づける者になるであらう。が今のところ私はただ、眼の前にひろがつてゆく此の限りない無秩序を愉しい期待の眸で眺めるだけだ。……いま私は、限りない無秩序と書いた。もう此処に過誤があるのではないか。私は果して、正しく無秩序と呼ばるべきものをさう呼んだのだらうか。いや、さうではない――決して。私は四囲から穏かに微笑みかける世界の顔にあまえて、つい不遜な言葉を使つてしまつたのだ。(人間にとつて、記憶といふものを全く剥脱することは大そう難しい事のやうである。見よ、私の再生にとつて大切な今この瞬間にさへ、古い記憶は薄ぼけた汚点となつて忍び込んで、それはやがて私の内奥の全体に蔽ひひろがらうとする気配を見せるのだ。私は畏れなければならない。)
 私は再び何ものによつても汚されてはならない。
 現在の私の世界は、一つの平面の上に単調な布置を形づくる幾つかの色と形とから成つてゐる。ここに私が単調といふのは、それらがお互ひに何の観念的な聯繋をも強ひられていないからだ。然しそこには、何といふ調和が憩うてゐることだらう。秩序なぞは欲しいとも思へないほどの静かな調和が。……私は平和をたのしむ。私は平和をたのしむ。

 朝の食卓で、私は牛乳の壺をひつくり返してしまつた。今そのときのことを思ふとひどく可笑しい。流動する固体といふものがあるだらうか。私は十本の指で、そのこぼれ広がつた牛乳をひと所に集められるものと信じた。私はその通りにした。私の努力にもかかはらず、牛乳はテーブルクロスにすつかり吸ひとられてしまつた。食事のあとで私は百合さんにこつそりと、そのほんの瞬間の心の動きを話してみた。百合さんは無言で聴いてゐたが、やがてたつたひと言おだやかに笑み崩れながら言つた。
「私にはよく分りませんわ。けれど卯女さまがただお羨しい。……」

六月十七日 一週間も降りつづいた雨で私はまた元気をなくして、ベッドのなかで暮すやうになつた。妙に白つぽく明るい部屋。雨は部屋の中までははいり込まない。コチンと凝固したやうな室内。ただこの冷たさ、この冷たさをどうしよう。この海辺の温泉町の気温が雨に敏感なのか、それとも熱病のあとの私の神経が冷気に敏感なのか。百合さんはお医者様を呼ぶ必要はないといふ。私の体温はほんの少しばかり上つたのに過ぎないから。けれどもしこんな微かな雨気が私の皮膚にこれほど悪い影響を与へるやうなら。……私はまたしても自分…

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