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少年
しょうねん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「雪の宿り 神西清小説セレクション」 港の人
2008(平成20)年10月5日
初出「文學界」1951(昭和26)年11、12月号
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2012-03-17 / 2014-09-16
長さの目安約 90 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

プロロオグ

 私はよく夢をみる。楽しい夢よりも、苦しい――胸ぐるしい夢の方がずつと多い。さめたあとで、ほとんど全経過をたどり直せるほど、はつきり覚えてゐる夢もある。さめた直後は、思ひ出す手がかりすら見失はれて、それなり忘れてゐたのが、かなり後になつて何のきつかけもなしに、ぱつと記憶に照らし出される夢もある。後者には概して楽しい夢が多いやうだ。
 同じ主題がしばしば繰り返されるのは、苦しい夢の場合に多い。その主題の立ち返りは、ほとんど一定の周期をなしてゐるやうにさへ思はれる。なかでも一ばん頻繁にあらはれるのは、胸ぐるしい夢で、その堪へられぬほどの圧迫感、むしろ窒息感をかもしだす情景は、私の場合は何よりもまづ、船室の棚床のなかに仰向けに横たはつてゐるうちに、上の棚がだんだん降りてきて、つひに一寸の隙間もなく圧しかかつてしまふのである。私はもう死ぬと思ふ。それなら一刻も早く死なしてもらひたいと思ふ。だが、もう呼吸する空気は尽きてゐるのに、私は死ねない。その苦悶の絶頂で、私はやつと目をさます。この船室の棚床には、勿論いろんなヴァリエーションがある。トランク詰めにされたり、突然お棺の中で気がついたりする。しかし一ばん多く出てくるのは棚床なので、私はこれが原初の形態であることを、久しい前から承認してゐる。
 棚床に寝た経験は、思ひだせば幾らもある。汽車の寝台もさうだし、青函連絡船や関釜連絡船もさうである。だがさういふものに私が寝たのは、かなり成長してからのことで、その時すでに私の内部感覚には、事前に体験された形で圧迫感や恐怖感が横たはつてゐた。それは現在なほ尾を引いてゐて、この年になつても私は、なるべくならば汽車は寝台に乗りたくないのである。そこで、「棚床」の胸苦しい第一体験は、かなり幼少の頃にあつたものと見なければならないが、私は先日ふと、同じ性質の或る悪夢から覚めたあとで、十歳のころの最初の船旅の経験を、びつくりするほどまざまざと思ひだした。私は、ああ、あれだ、と思つた。きれいさつぱり忘れてゐた夢が、ぱつと照らし出されるあの瞬間に似てゐた。それに伴なつて、夢の細部が驚くべき明確さをもつて生き生きとよみがへつてくるやうに、私には少年時代の或る時期のうすれ果てた記憶が、悦びよりはむしろ一種の恐怖をもつて、ありありと立ち返つて来た。いかに忘れ果ててゐようとも、原罪はあつたのである。

 それがまた薄れ消えて行かないうちに、私は急いで書きとめておかうと思ふ。もちろん記憶の闇にむかつて焚かれた瞬間的な照明は、不完全きはまるものに違ひなく、明暗の対比がどぎつすぎたり、露出が必要以上に強調されたりする惧れは多分にあるだらう、それはもう致し方もないことなのだ。……
 その最初の船旅は、前にも言つた通り私の十歳のとき、内地から台湾へ向つての海路である。季節ははつきりしないが、夏の終…

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