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孔雀船
くじゃくぶね
作品ID49851
著者伊良子 清白
文字遣い旧字旧仮名
底本 「詩集 孔雀船」 岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年4月5日
初出「孔雀船」左久良書房、1906(明治39)年5月
入力者蒋龍
校正者荒木恵一
公開 / 更新2014-04-21 / 2016-01-29
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


故郷の山に眠れる母の靈に


[#改丁]

岩波文庫本のはしに

 阿古屋の珠は年古りて其うるみいよいよ深くその色ますます美はしといへり。わがうた詞拙く節おどろおどろしく、十年經て光失せ、二十年すぎて香去り、今はたその姿大方散りぼひたり。昔上田秋成は年頃いたづきける書深き井の底に沈めてかへり見ず、われはそれだに得せず。ことし六十あまり二つの老を重ねて白髮かき垂り齒脱けおち見るかげなし。ただ若き日の思出のみぞ花やげる。あはれ、うつろなる此ふみ、いまの世に見給はん人ありやなしや。

ひるの月み空にかゝり
淡々し白き紙片
うつろなる影のかなしき
おぼつかなわが古きうた
あらた代の光にけたれ
かげろふのうせなんとする

昭和十三年三月
清白しるす
[#改丁]

小序

 この廢墟にはもう祈祷も呪咀もない、感激も怨嗟もない、雰圍氣を失つた死滅世界にどうして生命の草が生え得よう、若し敗壁斷礎の間、奇しくも何等かの發見があるとしたならば、それは固より發見者の創造であつて、廢滅そのものゝ再生ではない。

昭和四年三月
志摩にて
清白
[#改丁]


漂泊

蓆戸に
秋風吹いて
河添の旅籠屋さびし
哀れなる旅の男は
夕暮の空を眺めて
いと低く歌ひはじめぬ

亡母は
處女と成りて
白き額月に現はれ
亡父は
童子と成りて
圓き肩銀河を渡る

柳洩る
夜の河白く
河越えて煙の小野に
かすかなる笛の音ありて
旅人の胸に觸れたり

故郷の
谷間の歌は
續きつゝ斷えつゝ哀し
大空の返響の音と
地の底のうめきの聲と
交りて調は深し

旅人に
母はやどりぬ
若人に
父は降れり
小野の笛煙の中に
かすかなる節は殘れり

旅人は
歌ひ續けぬ
嬰子の昔にかへり
微笑みて歌ひつゝあり
[#改ページ]


淡路にて

古翁しま國の
野にまじり覆盆子摘み
門に來て生鈴の
百層を驕りよぶ

白晶の皿をうけ
鮮けき乳を灑ぐ
六月の飮食に
けたゝまし虹走る

清涼の里いでゝ
松に行き松に去る
大海のすなどりは
ちぎれたり繪卷物

鳴門の子海の幸
魚の腹を胸肉に
おしあてゝ見よ十人
同音にのぼり來る
[#改ページ]


秋和の里

月に沈める白菊の
秋冷まじき影を見て
千曲少女のたましひの
ぬけかいでたるこゝちせる

佐久の平の片ほとり
あきわの里に霜やおく
酒うる家のさゞめきに
まじる夕の鴈の聲

蓼科山の彼方にぞ
年經るをろち棲むといへ
月はろ/″\とうかびいで
八谷の奧も照らすかな

旅路はるけくさまよへば
破れし衣の寒けきに
こよひ朗らのそらにして
いとゞし心痛むかな
[#改ページ]


旅行く人に

雨の渡に
   順禮の
姿寂しき
   夕間暮

霧の山路に
   駕舁の
かけ聲高き
   朝朗

旅は興ある
   頭陀袋
重きを土産に
   歸れ君

惡魔木暗に
   …

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