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初めてドストイェフスキイを読んだ頃
はじめてドストイェフスキイをよんだころ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「萩原朔太郎全集 第九卷」 筑摩書房
1976(昭和51)年5月25日
初出「ヴレーミヤ」1935(昭和10)年11月
入力者石波峻一
校正者土屋隆
公開 / 更新2010-03-27 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 初めてドストイェフスキイを讀んだのは、何でも僕が二十七、八歳位の時であつた。それ以前によんだ西洋の文學は、主にポオとニイチェとであつた。その他にもトルストイなど少し讀んだが、僕にはどうもぴつたりしないので、記憶に殘るといふほどでもなく、空讀にして通つてしまつた。後々迄も影響し、僕の文學的體質を構成するほど、眞に身に沁みて讀んだ本は、ポオとニイチェと、それからドストイェフスキイの三つであつた。僕はポオから「詩」を學び、ニイチェから「哲學」を學び、ドストイェフスキイから「心理學」を學んだ。
 僕がドストイェフスキイを讀んだ頃は、丁度「白樺」の一派が活躍して、人道主義が一世を風靡した時代であつた。その白樺派の人たちは、トルストイとドストイェフスキイとを竝立させて、文學の二大神樣のやうに崇拜して居た。僕がド氏の名を初めて知り、その作品を讀む機縁になつたのも、實は白樺派の人に教はつた爲であつた。しかしそれを讀んだ後に、僕は白樺派の文學論を輕蔑した。なぜならド氏の小説とトルストイとは、氣質的に全く對蹠する別物であり、一を好む者は他を好まず、他を愛する者は一を取らずといふほど、本質的にはつきりした宇宙の兩極であつたからだ。單に人道主義といふ如き感傷觀で、二者を無差別に崇拜する白樺派のヒロイズムは、僕にとつてあまり子供らしく淺薄に思はれた。

 僕が初めて讀んだド氏の小説は、例の「カラマゾフの兄弟」であつた。勿論飜譯であつたが、僕はすつかりこれに打たれてしまつた。あの厖大な小説を、二晝夜もかかつて一氣に讀み了り、夢から醒めたやうにぼんやりした。當時僕がどんなに深く感動したかは、その時讀んだ本の各頁に、鉛筆で無數の書き入れや朱線がしてあるので、今もその古い本を見る毎に、新しい追憶の感銘が興るほどだ。イワンもドミトリイも、すべての人物が面白かつたが、特にあの氣味の惡い白痴の下男と、長老ゾシマの神祕的な宗教觀が面白かつた。
 次に讀んだ本は「罪と罰」であつた。これにはまたカラマゾフ以上に感激させられた。主人公ラスコリニコフの心理と言行とが、小説の最初から大尾まで、魔法のやうに僕の心を引き捉へて居た。當時僕はニイチェを讀んで居たので、あの主人公の大學生が、ナポレオン的超人にならうとイデアした思想の哲學的心境がよく解り、一層意味深く讀み味へた。その讀後の深い印象から、僕はラスコリニコフを以て自ら氣取り、滑稽にもその小説的風貌を眞似たりした。夜は夜で、夢の中に老婆殺しの恐ろしい幻影を見た。
 この時以來、僕は完全なドストイェフスキイ・マニアにかかつた。それから彼の文庫を渉獵して、日本語の飜譯がある限り、一つ殘さず讀み耽つた。しかし多くの物の中で、就中最も感銘が深かつたのは、彼のシベリア流刑記を自傳した「死人の家」であつた。これと前記の二作とは、おそらくド氏の三部代表作であるだらう。た…

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