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すべての芽を培え
すべてのめをつちかえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「偶像再興・面とペルソナ 和辻哲郎感想集」 講談社文芸文庫、講談社
2007(平成19)年4月10日
初出「中央公論」1917(大正6)年4月
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-05-23 / 2014-09-16
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 青春を通り越したというのでしきりに残り惜しく感じている人があるようですが、私はまだその残り惜しさをしみじみ感ずるほどな余裕をもっていません。それよりも、やっと自分がハッキリしかかって来たということで全心が沸き立っているのです。時々自分の青春を振り返ってみる時にはそこに自分の歩かなければならなかった道と、いかにも「うかうかしていた」自分の姿とを認めるきりで、とても過ぎ去った歓楽を追慕するような心持ちなどにはなれません。もう少し年を取ったらどうなるかわかりませんが、今のところでは回顧するたびごとにただ後悔に心臓を噛まれるばかりです。
 しかし私は青春と名のつく時期を低く評価してはおりません。恐らくそれは、人生の最も大きい危機の一つであるだけに、また人生の最も貴い時期の一つでしょう。その貴さは溌剌たる感受性の新鮮さの内にあります。その包容力の漠然たる広さの内にあります。またその弾性のこだわりのないしなやかさの内にあります。それは青春期の肉体のみずみずしさとちょうど相応ずるものです。そうして年とともに自然に失われて、特殊の激変に逢わない限り、再び手に入れることのむずかしいものです。
 この時期には内にあるいろいろな種子が力強く芽をふき始めます。ちょうど肉体の成長がその絶頂に達するころで、余裕のできた精力は潮のように精神的成長の方へ押し寄せて来るのです。で、この時期に萌えいでた芽はたとえそれが生活の中心へ来なくても、一生その意義を失わないものだと聞きました。たとえば芸術家の晩年の傑作などには、よく青春期の幻影が蘇生し完成されたのがあるそうです。また中年以後に起こる精神的革命なども、多くはこの時期に萌え出て、そうして閑却されていた芽の、突然な急激な成長によるということです。それほどこの時期の精神生活は、漠然とはしていても、内容が豊富なのです。
 しかし危険はこれらの一切が雑然としている所にあります。そこには全体を支配し統一するテエマがありません。従ってすべてがバラバラです。つまらない芽を大きくするためにいい芽がたくさん閑却されても、それを不当だとして罰する力はないのです。
 実を言えばそのテエマは、おのおの独特な形で、あらゆる人間の内にひそんでいるのであります。そうしてそれがハッキリと現われて来れば、雑然としていたものはおのおのその所を得て、一つの独特な交響楽を造り出すのであります。しかしそれは何人といえども予見し得るものではありません。特に青春の時期にある当人にとっては、それは全然見当のつかない、また特別の意義がありそうにも思えない、未知数に過ぎないのです。それが初めから飲み込めているほどなら、青春は危機ではありません。その代わり新緑のような溌剌としたいのちもないでしょう。
 そこでこの青春を、心の動くままに味わいつくすのがいいか、あるいは厳粛な予想によって絶えず鍛…

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