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移轍(Anakoluth)
いてつ(アナコルート)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「ドイツ語研究 第1号」 三修社
1979(昭和54)年12月1日
入力者nimmer
校正者vor
公開 / 更新2016-07-25 / 2016-06-23
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 これは「基礎ドイツ語」1953年度4月号[#「1953年度4月号」は底本では「1952年度4月号」]に発表された関口存男氏の論考「移轍」の再録です.今日の読者に読みやすいように編集者の責任で漢字,かな使いなどを訂正しました.

 二十年ほど前の新聞に次のような笑話がのっていました(Gr[#挿絵]ne Post, 1932):

”Hast du noch Geschwister, Kleine?“
”Nein, ich bin alle Kinder, die wir haben.“
「お嬢ちゃんはまだほかにご兄弟がおありですか?」
「いいえ,全部であたし一人きりなの」

 けだし名答ですな.さてこの ich bin alle Kinder, die wir haben というトンチンカンな文章のトンチンカン性のよってもって来たるところの所以(ゆえん)を,少し野暮ったいが,論理的に分析して見ますと,これは,次にあげる[A]と[B]の混線です:
[A]Ich bindas einzige Kind des Hauses.
[B]Das sindalle Kinder, die wir haben.(と両親ならいう)
 すなわち,子供としては[A]の方で答えるべきであり,両親としては[B]の方で答えるべきなのですが,最初ごく自然に Ich bin...... といったまではよかったが,das einzige Kind des Hauses などという紋切り型はとうてい子供の口にはのぼりません.そこで,いつもこういう場合に大人が口にする[B]の方を継ぎ合わせて間に合わせたというわけです.
 いったい小児というものは,大人にいわれる通りの文句をよくおぼえていて,そのままをどこへでもヒョイとはりつけて文章を作るから面白い.この笑話などは,おそらく実話でしょう.実話といえば昨年のReader's Digestに,五歳の子供にむかって色々な語を与えてその定義を下させた解答がのっていましたが,a rock(岩,たいていは,路などに頭を出している石のこと)とは何かという問にたいする答が面白い:A rock is when trip on it you should have watched where you were going(石というのは,けつまずいて転んだら,もっとよく前を見て歩かないからけつまずく物)なんだそうです.この英語も,文法的見地からながめると甚だおかしな英語ですが[#「英語ですが」は底本では「英話ですが」],そのおかしなところが……おかしくて面白いのです.
 以上のように,同じ趣旨のことを[A]のようにも[#「[A]のようにも」は底本では「[A]ようにも」][B]のようにも表現できるときに,[A]の前半から[B]の後半へと連結してしまう現象を,仮に「移轍…

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