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東山時代における一縉紳の生活
ひがしやまじだいにおけるいちしんしんのせいかつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「現代日本思想大系27 歴史の思想」 筑摩書房
1965(昭和40)年1月15日
初出「藝文」京都大学文学部、1917(大正6)年8月号~12月号
入力者はまなかひとし
校正者小林繁雄
公開 / 更新2005-01-17 / 2014-09-18
長さの目安約 139 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 予がここに東山時代における一縉紳の生活を叙せんとするのは、その縉紳の生涯を伝えることを、主なる目的としてのことではない。また代表的な縉紳を見出すことが至って困難であって見れば、一人の生活を叙して、それでもって縉紳階級の全部を被わんとするの無理なることは明白だ。しかしながら予の庶幾するところは、その階級に属する一員の生活の叙述によりて、三隅ともに挙げ得るまでには行かないでも、せめてこれによって縉紳界の一半位をば想知することを得せしめ、もしなおその上にでき得べくんば、当時の文明の源泉なる京都における社会生活の一面を、これをして語らしめようというにある。しかしながら叙述の出発点を個人にのみとり、それから拡充して社会を説明しようとするのは、企てとしてはなはだ困難である。ここにおいて予は便宜上この論文を二段に分ち、その第一段には、性質上結論であるべきはずの東山時代に関する予の意見を、先ず一通り縷述しよう。しかして第二段に至って或る一縉紳の生活を叙してみたい。結論の性質のものを前にするのは、冠履顛倒のやり方で事実を基礎として立つべき歴史家の任務を忘却したわけになるようであるけれど、一縉紳の生活をいかに綿密に叙述したとて、それのみで、時代の大勢を推し尽くすことは、とうてい不可能であって見れば、予の第一段は必ずしも第二段の結論ではなくむしろ序論の性質を帯びたものである。これを第一段として先ず説くのは、第二段において叙せらるべき一縉紳の生活の背景を画かんがためである。しかして第二段においてなすべき叙述をば、たんにこれをして如上の背景を利用せしむるのみでなく、第一段の概括的評論と相反映し、少なくもその一部分だけでも立証させたいものだと思う。読者あるいはこの論文をもって帰納によらざる空論なりとし、あるいは帰納と見せかけた演繹論だと評するかも知れぬが、予はひたすらに帰納をくりかえすことをもって史家の任務の第一義だとは考えておらぬのであるから、かかる批評はあまり苦にならぬ。手品だと評せられるならば、それでも甘受しよう。ただ恐るるところは拙い手品の不成功に終りそうであることのみである。先ず第一段から始めよう。因に述べておくが予はかつて『芸文』第三年第十一号に、「足利時代を論ず」と題する一篇を掲げたことがある。東山時代は足利時代の中軸であるからして、本篇とそれと、大体の帰趣において重複を免れない。しかしながらかつて論じたのは東山時代を主として睨んだ足利時代の総論で、本篇は足利時代を東山時代に総括しての論である。したがって両者の間に多少の差異の生ずることは、一に読者の諒察を願いたい。

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