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現代茶人批判
げんだいちゃじんひはん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人の美食手帖」 グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日
初出「陶磁味」1947(昭和22)年~1948(昭和23)年
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-01-26 / 2014-09-21
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

『陶』の紙上で、現代の茶道人として名のある松永耳庵さんは、作陶家に諭さんその心として、汝らはすべからく茶を知れ、そして茶家の指導を受けよ、しからざれば茶器は生まれないぞ……と垂教された。
 日頃、茶に親しまれている人として、かつ茶器の蒐集に耽りつつある人として、さまざまと茶の議論をも立ててきた人だけに、作陶家よ茶を知れと叫ばれることは至極もっともな親切な言葉として、作家でなくも誰しも一通りはうなずきも出来、敬服も出来るところである。が、しかし欲をいうと、私は知人の松永さんのことだけに、今一歩を進めて一思案しなおしてもらうわけにはゆかないものであろうかと考えるのである。この今一歩こそ初めて命を生むのではないかと思うからである。松永さんが狙いをつけているところの名茶碗、それは確かに芸術的生命をもつところの名作のことであろう。それあればこそ、今日まで名器として長々鑑賞家の懐に抱かれ、敬愛されてきているのである。だから眼利きの欲望として、再びかようなものを作る人が出て欲しいとの心情切々たるもののおのずから湧き起こることは、私にも充分認識出来得るのである。
 さて、作家よ茶道を知れ、茶家の指導を受けよ……と焦れったそうに警鐘を乱打しておられる一幕芝居、果たして警鐘価値ありて、その希望通り現実的に効果が見られるものであろうか、あるいはそうやすやすと容れられるものではないという結果に終わるものであろうか、それを私は一応検討してみる要でありとするものである。しかし、松永氏の言葉は、松永氏の創意的に思いつかれた新しい言葉ではないのであって、由来いわゆるお茶人のよく口にしてきたものなのである。従って誰しもが前々よりややもするといいたかった言葉であって、すでにすでに平凡化し、黴が生え、今さらのごとくそれをいうと野暮に聞こえるほどのものである。それをご多分に漏れず氏が繰り返したという一幕である。
 それでも……作家よと呼ばれた作家に感じ入る者あって、ポンと膝打って奮い立つ者ありとすれば、これは大したことにならんともかぎらないのであるが、しかし、その注意はあまり耳慣れている陳腐な言葉であっただけに刺激が怪しまれるのみならず、前例としてかつて効き目のあったためしのないものであるだけに、刺激不十分に終わる理由が認められてくるのである。
 殊に相手はもともと茶というものを一向解するところがなさそうなのでなおさらである。名器にも日頃親しむことなどない人々が多いと見て間違いなしという保証つきである。茶を浅はかな考えで見ている人々、茶を志してみたい考えは持っていても元来素質を持たぬ人、天分なきゆえに縁の結べぬ人々、そのいずれかに当たっているはずの現今陶工に向かい、茶を知れ、さすれば名茶碗も生まれるぞ、世の名器を広く見よ、名器の要訣が悟れるぞ、すべからく茶家に教われ、茶道精神が解せるぞ……と吹き込…

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