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日本料理の基礎観念
にほんりょうりのきそかんねん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人の食卓」 グルメ文庫、角川春樹事務所
2004(平成16)年10月18日
初出「星岡」1933(昭和8)年
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2010-02-06 / 2014-09-21
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私どもが旅行をしますと、汽車の弁当を食ったり、旅館の料理を食ったりしなければなりませんが、それらはいかにも不味くてまったく閉口します。そういう日本料理というものはまるでなっていません。まだ西洋料理ならいくらか食べられます。また、中国料理でもそうです。してみると、西洋料理とか中国料理とかいうものは、拵え方がやさしいのだ、単純なのだ。ひと通り覚えれば、誰にでも簡単にやれるのでありましょう。ところが、日本料理というと、そうはいかないのでありまして、私どもが料理人を使っていて、朝から晩までガミガミいっていましても、なかなかうまく出来ない。しかし、日本料理がうまく出来ると、われわれ日本人には誰の嗜好にも合って、その料理がわれわれの味覚にぴったり適するのです。しかし、このぴったりがなかなかいかないのです。
 私ども内輪でいくらやかましくいっていても、料理人たちは上の空でだめですから、こういう機会に、本気で聞かせようと思っているのであります。それで、みなさんに聞いていただきながら、いっしょに料理人にも聞かせるので、こういう機会に、みなさんを利用するようなわけでもあります。
 私どもはよくこういうことを聞かれます。何歳の子どもには、どんな食べ物がよくて、どうした料理がいいでしょうかと。そのようなことは、ごく平凡な料理の話で、私どもは申し上げません。私の申しますのは、このだいこんとだいこんはどうだとか、この水と水とは、このなにとなにとは、どちらが良いか悪いかという機微に触れること。のりにしましても、どういうのりがもっともよいかという比較詮議をする。そういうお話をいたしますので、例えば、一流の料理屋の刺身の醤油にしても、一々違いますが、それが区分けが出来るように、こんなことはどうも僭越ですが、いわゆる食道楽の立場から、ぜいたくといえば、ぜいたくといえる最高の嗜好的、食べ物のお話をいたそうと思います。そのおつもりでお聞きを願います。

料理とは理を料ること
 料理とは食というものの理を料るという文字を書きますが、そこに深い意味があるように思います。ですから、合理的でなくてはなりません。ものの道理に合わないことではいけません。ものを合理的に処理することであります。割烹というのは、切るとか煮るとかいうのみのことで、食物の理を料るとはいいにくい。料理というのは、どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのであります。
 真に美味しい料理はどうも付焼刃では出来ません。隣りの奥さんがやられるからちょっとやってみようか、ではだめであります。心から好きで、味の分る舌を持たなくては、よい料理は出来ないのであります。

料理は相手を診断せよ
 自分の料理を他人に無理強いしてはなりません。相手をよく考慮して、あたかも医者が患者を診断して投薬するごとく、料理も相手に適するものでなくてはな…

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