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河豚食わぬ非常識
ふぐくわぬひじょうしき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人の美食手帖」 グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日
初出「星岡」1935(昭和10)年
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-01-14 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ふぐを恐ろしがって食わぬ者は、「ふぐは食いたし命は惜しし」の古諺に引っかかって味覚上とんだ損失をしている。その論拠の価値をきわめもせずに、うかうか古諺に釣り込まれ惜しくも無知的判断から、いやいや常識的判断から震え上がりその実、常識を失っている。
 これらにむかってわれわれが冬季常食する天下唯一の美味、摩訶不思議の絶味であるふぐの料理が、いささかの危険性なき事実を諄々力説してみても、その確実を容易に信じようとはしない。いわゆる先入主に囚われて頑として動こうとしない。
 ふぐというもの、いかんせん人命を奪う毒素があり、例えば十中の三位は確実に中毒しまったく命にかかわると決まっているときにこそ「ふぐは食いたし命は惜しし」が岐路に立って迷うひとのために、時に善き教訓となり、あやうくひとの生命を守り得る寸鉄のはたらきと……ならんでもないが、このごろのようにふぐの安全料理が確立して、まったく危険が取り除かれた時においては、「ふぐは食いたし命は惜しし」は、寸鉄としての価値を失うばかりか、無益にひとを恐怖さすところの戯言にしか当たらない。しかのみならず、ひとの口福を拘束する余計な失言であるともいい得られる。
 誰がいったか、いつどんな時代に出来た諷刺だか判明しない。「ふぐは食いたし命は惜しし」にわけもなく囚になって、それがためにかえって目前の体験実際が物語る安全を信じられないということは不甲斐ないばかりか、非常識でもあり、あまりにも迂遠なこととして恥ずかしい。飛行機に乗ることが冒険である……これは肯定出来得る。ぜひを顧みるいとまもないほどの急用がないかぎり、いたずらに飛行することは決して当を得た常識とは認め難い。
 しかし今日のふぐ料理は絶対安全といって差し支えないまでの成績が挙がっている。この時安心して天下唯一の美味に親しんでみることは決して徒事ではないと思われるのである。なんでもかでも、海から山から捕えて食べ物となす人間としてのあたりまえの行事といえよう。それもたいやはものうまさ、うなぎやてんぷらのうまさ、このわたやからすみのうまさ、あゆやあなごのうまさ、まつたけやしめじのうまさ、うどやぜんまいのうまさ、そばやそうめんのうまさ、すっぽんや山椒魚のうまさ、若狭の一と塩、石狩の新巻、あるいは燕巣、あるいは銀耳、鵞鳥の肝、キャビア、まあそんなもののうまさに似た程度のうまさであるならば、わたしはあえてがたがたするひとびとにわざわざ笞打ってまでふぐの提灯持ちなんかしやしない。ふぐのうまさというものは実際絶対的のものだ。ふぐの代用になる美食はわたしの知るかぎりこの世の中にはない。
 わたしはひとがなんと思おうとかまわぬ気で告白するが、今日わたしほど美食に体験を持っている人間は世間にほとんどない。朝から晩まで、何十年来片時も欠かさず美食の実験に浸っている。まったくわたしのようなもの…

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