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料理の第一歩
りょうりのだいいっぽ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「魯山人の美食手帖」 グルメ文庫、角川春樹事務所
2008(平成20)年4月18日
初出「独歩」1953(昭和28)年
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-01-17 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一人の男がいた。女房が去った後は独りで暮らしていた。その男はこんなことを考えた。
「まず土地を見つけることだ。よく肥えた土地を。そしてそこへ野菜を植えるのだ。毎日野菜が食べられるぞ」
 けれど、男は土地を探すことをしなかった。家の中でごろごろしていた。それでも、おなかがすいてくるので、パンをかじった。男はあくる日、こんなことを考えた。
「野菜もいいが、牛を飼うのだな。そして、豚も飼うのだな。おいしい肉が食べられるぞ」
 でも、男はなにもせずにごろごろしていた。おなかがすいたので残りのパンをかじっていた。その男の頭が、なんだか少しふくれているようだ。
 あくる日、男は考えた。
「女房がいなくとも、ちゃんとこうして食べていける。待て待て、自分で料理だってできるぞ。そう動きまわらなくとも、手をのばせば用事ができるような便利な台所をつくることだ。清潔な明るい台所を」
 だが、男は実際はなにもしなかった。おなかがへってきたので、パンを食べようと思ったが、もうパンがなくなったので、米びつの米を生のままかじって考えた。
「待て待て、台所もいいが、それより先に、働きやすいような、身軽な服装をこしらえることが第一だな」
 それでも、なにもしないで、女房が部屋のすみの棚においていったりんごをかじった。
 その男の頭が、少しふくれたようだ。
「そうだそうだ、果樹園を作ろう。新鮮なくだものを木からとってすぐ食べることはすばらしいぞ」
 でも、男はなにもしなかった。そして米びつの米をかじった。
 こうしてこの男は考えてばかりいるうちに、だんだん頭が大きくなっていった。少しも働かぬので、手や足はだんだん小さくなっていった。家の中にも、もう米もくだものもなんにも食べるものがなくなった。それでも男は考えることを止めずに、考え続けた。だんだん男の頭は大きくなって、手足や胴は小さくなっていった。
 とうとう食べるものがなくなると、男は小さくなった自分の足を食べてしまった。でも、男は考えを止めなかったので、いよいよ頭が大きくなっていった。食べるものがないので、自分の胴を食べ、手を食べてしまった。
 おしまいに、この男はもう食べるものがなくなって、考える頭と食べる口だけになってしまった。この男の考えることは、一つも間違ったことはなかった。ただ一つも行わなかっただけであった。世の中には、こんな頭の大きい男がたくさんいる。わたしは、この気味のわるい男の話をときどき思う。
 正しいこと、いいことを考え、間違ったことを少しもいわないひとびとがいる。そして一つも実行しない人間もいる。
 料理をおいしくこしらえるコツは実行だと思う。わたしのいうことが正しいか正しくないかをまず批判していただきたい。そして、ああそのとおりだと思ったら、必ず実行していただきたい。
 考えることも大切だ。聞くことも大切だ。実行する…

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