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骨
ほね |
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作品ID | 50010 |
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著者 | 有島 武郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「三代名作全集・有島武郎集」 河出書房 1942(昭和17)年12月15日 |
初出 | 「泉」1923(大正12)年4月1日 |
入力者 | mono |
校正者 | 松永佳代 |
公開 / 更新 | 2011-08-23 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 28 ページ(500字/頁で計算) |
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たうとう勃凸は四年を終へない中に中学を退学した。退学させられた。学校といふものが彼にはさつぱり理解出来なかつたのだ。教室の中では飛行機を操縦するまねや、活動写真の人殺しのまねばかりしてゐた。勃凸にはそんなことが、興味といへば唯一の興味だつたのだ。
どこにも行かずに家の中でごろ/\してゐる中におやぢとの不和が無性に嵩じて、碌でもない口喧嘩から、おやぢにしたゝか打ちのめされた揚句、みぞれの降りしきる往来に塵のやうに掃き出されてしまつた。勃凸は退屈を持てあますやうな風付で、濡れたまゝぞべ/\とその友達の下宿にころがり込んだ。
安菓子を滅茶々々に腹の中につめ込んだり、飲めもしない酒をやけらしくあふつて、水のしたゝるやうに研ぎすましたジヤック・ナイフをあてもなく振り廻したりして、することもなく夜更しをするのが、彼に取つてはせめてもの自由だつた。
その中に勃凸は妙なことに興味を持ち出した。廊下一つ隔てた向ひの部屋に、これもくすぶり込んでゐるらしい一人の客が、十二時近くなると毎晩下から沢庵漬を取りよせて酒を飲むのだつたが、いかにも歯切れのよささうなばり/\といふ音と、生ぬるいらしい酒をずるつと啜り込む音とが堪らなく気持がよかつたのだ。胡坐をかいたまゝ、勃凸は鼠の眼のやうな可愛らしい眼で、強度の近眼鏡越しに友達の顔を見詰めながら、向ひの部屋の物音に聞き耳を立てた。
「あれ、今沢庵を喰つたあ。をつかしい奴だなあ……ほれ、今酒を飲んだべ」
その沢庵漬で酒を飲むのが、あとで勃凸と腐れ縁を結ぶやうになつた「おんつぁん」だつた。
いつとはなく二人は帳場で顔を見合すやうになつた。勃凸はおんつぁんを流動体のやうに感じた。勃凸には三十そこ/\のおんつぁんが生れる前からの父親のやうに思はれたのだつた。而してどつちから引き寄せるともなく勃凸はおんつぁんの部屋に入りびたるやうになつた。
「まるで馬鹿だなあお前は……俺にはそんなこといふ資格は無いどもな」
勃凸が酔つたまぎれに乱暴狼藉を働くと、おんつぁんは部屋の隅にいざり曲つて難を避けながら、頭をかゝへてかう笑つた。勃凸はさういふ時舐めまはしたい程おんつぁんが慕はしくなつてしまふのだつた。
さうかと思ふとおんつぁんは毛嫌ひする老いた牝犬のやうに、勃凸をすげなく蹴りつけることもあつた。手前のやうな生れそこなひは、おやぢのところに帰つて、小さくなつてぶつたゝかれながら、馬鹿様で暮すのが一番安全で幸福なことだ。おやぢが汗水たらして稼ぎためた大きな身代に倚りかゝつて愚図々々してゐる中には、ひとりでにその身代が手前のものになるから、それで飯を食つて死んでしまへば、この上なしの極楽だ。うつかり俺なんぞにかゝはり合つてゐると、鯱鉾立ちをして後悔しても取り返しのつかないことになるぞ。自分だけで俺は沢山だ。この上もてあましものが俺のまはりに囓りつくに…