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作品ID5002
著者斎藤 茂吉
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆18 夏」 作品社
1984(昭和59)年4月25日
入力者門田裕志
校正者氷魚、多羅尾伴内
公開 / 更新2004-01-25 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 蚤という昆虫は夏分になると至るところに居るが、安眠を妨害して、困りものである。
 生れ故郷の村にも蚤は沢山いたが、東京という大都会には蚤なんか居ないだろうと想像して、さて東京に来てみると、東京にも蚤が沢山いた。
 それは明治二十九年時分の話で、僕は浅草の三筋町に住んでいた。その家(浅草医院といった)の診察室に絨緞が敷いてあったが、その絨緞を一寸めくると、蚤の幼虫も沢山つかまえることが出来た。それから繭をつくって、蛹になったのも居た。僕はそれ等をあつめ、重曹の明瓶などに飼っていたことがある。無論蚤の成虫もつかまえて飼って居た。時々前膊の皮膚に瓶の口を当てて血を吸わせたりする。蚤の雄が一瞬に飛ついて雌と交尾したりするありさまを見る。蛹がようやく色が濃くなって成虫になるありさまを見る。瓶の口には紙のふたをし、針でこまかい穴をあけて置けば死なずに居る。
 中学校を卒えて高等学校に入った。そこの寄宿寮に二年いたが、寝室に蚤が沢山いて安眠がどうしても出来ない。それにストームなどという習慣があり、学生が酒に酔って来て、折角寝入ったものを起してあるくので、益々眠れなくなる。僕は致方がないから、病人用ベッドのカバアを改良して袋にした。そうして全身裸でその中にもぐり、くびの処を巾著のように締めるように工夫して、毎夜辛うじて明かすことが出来た。それでも翌朝袋の中を見ると、蚤が五六ぴきから十ぴき位這入って居り居りしたものである。それほど寄宿寮には蚤が多かった。
 学生らは、いわゆる勤倹尚武だから、蚤なんかにまいってしまうような学生は学生でないような顔付をしたが、僕はなかなかそういう具合には行かなかった。
 それから数十年が経過した。追々国民の衛生思想が発達し、春秋の大掃除も励行せられ、或る家では、畳の下に新聞紙を敷き、その上にナフタリンを撒いて、蚤を幼虫のうちに退治することが出来るので、一般に蚤の発生が尠くなって行った。地方の旅館などでも、蚤の居る旅館の方が却って少いというほどまでになった。
 僕は柿本人麿の歿処を考証するために石見国を旅行したことがあったが、石見の僻村旅館でも蚤のいない旅館がいくらもあるという状態にあり、僕は一般衛生思想の発達に感謝した程であった。
 しかるにどうであろうか。一たび戦争になるや、急転直下に蚤の発生が増大し、如何ともすべからざるまでに至った。特に疎開児童の居る旅館などといったら、殆ど言語に絶するほど蚤が沢山いた。
 僕は終戦の年に山形県の生れ故郷に疎開したが、そのときも先ず夏季の蚤を恐れた。そこで、出来るだけナフタリンを集めることに努力し、部屋の蚤を出来るだけ少くしようとした。
 それでもいよいよ夏になってみると、驚くべきほど沢山の蚤がいた。僕は致方なく、古い布で袋を作ってもらい、嘗て高等学校の寄宿寮で為したようにし、一睡一醒の状態で辛うじて一夏を…

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