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夜の道づれ
よるのみちづれ
著者
文字遣い旧字新仮名
底本 「三好十郎作品集 第二卷」 河出書房
1952(昭和27)年11月25日
初出「群像」1950(昭和25)年2月号
入力者青空文庫
校正者青空文庫
公開 / 更新2011-04-21 / 2014-09-16
長さの目安約 78 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

走り過ぎる自動車のクラクション。

夜ふけの町かど。

深い闇の奧に白くもうろうとそびえ立つているビルディング。こちらは、夜空に黒くおしつぶされた家々。
とぼしい街燈が、あたりを明るく照し出すためよりも、かえつて暗くするためのように、ポツリポツリとついている。
なんの物音もない。
いちばん近い街燈の丸い光の中に、中年の男が一人、自然木のステッキをついて立つている。古い背廣にヨレヨレのレインコートを着て、飲みつづけた酒の醉いのさめかけた、デロリとした蒼い顏が鳥打帽の下からのぞいている。

腕時計を見る。
奧の四つ辻のあたりに鋭どい光が飛び散り、高級自動車のクラクションとエンジンの音が右から左へサッと過ぎる。男は、その方を見送つてから、やがて右手をズボンのポケットに突つこんでクシャクシャのサツをつかみだす。それを左手に移し、ステッキをわきの下へ、右手でもう一度ポケットをさらつて、兩手のサツを見調べる。かさは多いが、たいした額にはならぬようだ。全部をポケットにもどし、フンといつて歩きだす。すこし猫背の肩に荷物でも背負つているような歩きかたである。近くで、かすれた人聲がする。

聲 ……(やつと聞える位になるが、まるで感情のこもらない、間のびのしたねごとのように)……いいじやないか、よう。助けてくんな、よう。……助けてくんなよう。
男 ……[#「 ……」は底本では「……」](踏みだした足をとめて、眼で聲のありかを搜す)
(その視線の先きの、街路樹の根もとにグタリと抱きついて片脚を幹に卷きつけている洋服の男)
洋服 よう。(足がらみで樹を押したおそうという氣らしい)おい!
(こつちの男は、それを見ている)
洋服 だろう? ……助けてくれ。なあ。助けて、くれ、た、その上で――(歌のような、お經のような節になつている)
やがて男は、なんの表情も現わさないで、ノソリと闇の中へ。うしろから、にぶい聲が「………よう!」と追いかけてくる。

男は街路を左へ横切る。
遠くで夜汽車の汽笛。
暗い横露路からフラフラと出て來た影が、露路の出口の家の軒燈の下で眞紅なブラウスにチェックのスカートに素足に下駄を突つかけた若い女になる。
若い女 ねえ!(まんなかに變なアクセントのある聲)ちよいとお!
男 ……(女を認めるが足をとめない)
若い女 (スッと寄つて來て)さあ!(これも妙なアクセント)そんなデイタンな顏するもんじや、なくつてよ、お兄さん!
男 ……(しかたなく立ちどまつて、突き出された女のモシャモシャの髮を鼻がくすぐつたくなつた顏をして眺める)
若い女 いい所へ案内するから、寄つてかない? ねえ――お兄、じやない、おじさんかあ!
男 (苦笑して)ありがたいが、ダメだ。八十圓きやない。
若い女 へーい!(奇聲を發して)へつ、八十圓だつてえ? ひつ! 八十圓で、おめえ!
男 だからさ。
若…

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