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唯物史観と現代の意識
ゆいぶつしかんとげんだいのいしき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「三木清全集 第三巻」 岩波書店
1966(昭和41)年12月17日 
初出人間學のマルクス的形態「思想 第六十八号」岩波書店、1927(昭和2)年6月号、マルクス主義と唯物論「思想 第七十号」岩波書店、1927(昭和2)年8月号、プラグマチズムとマルキシズムの哲学「思想 第七十四号」岩波書店、1927(昭和2)年12月号
入力者石井彰文
校正者阿部哲也
公開 / 更新2012-05-28 / 2014-09-16
長さの目安約 185 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 すでに雜誌『思想』へ唯物史觀覺書として載せた三つの論文に、いま新たに草した「ヘーゲルとマルクス」なる一篇を加えて、人の勸めに從つて、私はここに一小册子を編む。固よりどこまでも覺書である。ここでは凡てが單に暗示されてゐるのみであつて未だ十分に規定されてゐない。それを一層具體的に、そして一層包括的に、規定すること若くは規定し直すことは、私にとつてなほ將來の課題として殘されてゐる。この課題の解決のために、若しこの書が幾人なりとも同情者を集め、進んでは協力者を贏ち得たならば、私の望外の幸福である。
 これらの小篇はその特殊なる成立の事情を負うて或る程度まで夫々獨立してゐはするが、少くとも方法的なるものに關しては一の共通の意圖のもとに繋り合つてゐる。私はそれらのものに於て理論の系譜學(Genealogie der Theorien)を目論見たのである。如何にして一定のイデオロギーは出生し、成長し、崩壞し、そして新しいものによつて代られるか、の系統を理解することが私の企てに屬してゐた。この系譜學の根本命題は、歴史に於て存在は存在を抽象することによつて理論を抽象する、といふことである。私はこのことをマルクスから學んだ。それは實にマルクスが「歴史的抽象」(historische Abstraktion)と呼んだところの過程である。――我々は更に更に多くのことをマルクスから學び得るしまた學ばねばならぬであらう。
 ここに收められた諸論文の成立に機會を與へられた河上肇博士並びに京都帝國大學經濟學批判會の諸氏に對して私は今また改めて謝意を表したいと思ふ。
千九百二十八年四月十六日 東京に於て
[#改ページ]

人間學のマルクス的形態




 人間の生活に於ける日常の經驗はつねに言葉によつて導かれてゐる。普通の場合ロゴスは人間の生活をあらかじめ支配する位置にある。我々は通常我々の既に有するロゴスの見地から存在と交渉する。我々は我々の經驗するところのものが言葉をもつて語られ得るやうに、言葉によつて解決され得るやうに、恰もその仕方に於て存在を經驗するのである。經驗の斯くの如き仕方から私は私の基礎經驗と呼ぶものを區別する。日常の經驗がロゴスによつて支配されてゐるのに反して、基礎經驗はロゴスに指導されることなく、却てみづからロゴスを指導し、要求し、生産する經驗である。それは言葉の支配から獨立であるといふ意味でひとつの全く自由なる、根源的なる經驗である。しかるに經驗はロゴスに於て表現されることによつて救はれ、公共性を得て、安定におかれることが出來るから、我々の經驗がロゴスの指導のもとに立つてをり、また立つことが出來る限り、我々には何の不安も起ることがない。最も公共的なロゴスである常識にもとづいて凡ての存在と關係し、常識の言葉の解決し得るやうにあらゆる存在と交渉する普通の生に、不…

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