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山の湯雑記
やまのゆざっき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆10 山」 作品社
1983(昭和58)年6月25日
入力者門田裕志
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2004-01-20 / 2014-09-18
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

山の[#挿絵]※[#「虫+羸」、166-1]の巣より出で入 道の上 立ちどまりつつる ひそかなりけり

前に来たのは、ことしの五月廿日、板谷を越えて米沢へ出ると、町は桜の花盛りであった。それほど雪解けの遅れた年である。高湯へ行きたいのだと雇いかけて見ても、どの家でも、自動車を出そうとは言わない。もう半月もせなければ、船阪峠から向うが開きますまいなどと、皆平気でとり合おうともしない。そのうち一軒、警察電話で、白布の宿へ問うて見ようと言う家が出来た。
二三个処、道へ雪のおし出して居る所はあるが、大体は谷へ落してしまったから、大丈夫這入って来られるだろうとの返事があった。それでやっと、すこっぷを積みこんで、上にがっしりした男が助手に乗りこんで、山へ入り込んだ事であった。でも無事に、東屋と言うのに著いた。それからふた月、七月の七日に、またやって来た白布高湯は、もうすっかり夏になって居る。どの家のどの部屋もあらかた人が這入って居て、どんな時でも、縦横に通った廊下の、どこかに人の音がして居た。
居ついて十日にもなると、湯に入る度数もきまって来て、日に四度が、やっとと言うことになった。来た当座は、起きれば湯、飯がすんで湯、読み疲れたと言っては湯。こんな風にして、寝しなに這入る湯まで、日に幾度這入ったか知れない。冷える湯のせいで、あまり湯疲れを感じなかったからだろう。
一時が廻ると、西側の縁から日がさしこんで来る。山の日は暑いけれど、ほとりを伴うて居ないから、じっとして居れば、居られない程ではない。が、三時半にかっきりと、前山の外輪にそれが隠れて、直射は来なくなる。それまではきっと出あるく事にして居た。
古くから聞えて居る最上の高湯と、山は隔てて居るが、岩代の国の信夫の高湯と、それに此白布と、五里ほどの間に、三つの高湯がある。峡間の湯でなくて、多少見晴しが利く位置にあるからの称えである。
白布の高湯は、少し前がつまって居るが、其でも、両方から出た端山間に、遠い朝日嶽など言う山の見える日が多い。見渡しの纏って居て、懐しい感じのするのは、何と言っても、信夫の高湯だろう。だが、米沢・新庄・鶴岡などの駅々で見た、宣伝びらでは、今年は信夫の湯に力を入れて評判を立てたようだから、定めてあの山の上の数軒しかない古い湯宿が、立てこんだことだろう。作事小屋・物置部屋などに、頼んで泊めて貰った客などもあるであろうと思う。
最上の高湯は、何にしても、人がこみ過ぎる。出羽奥州の人たちは、湯を娯しむと言うより、年中行事として、尠くとも一週間なり、半月なり、温泉場で暮すと言う風を守っている。そうした村々から、女房たちや若い衆が、大きな荷物を背負って、山を越えて来る。最上の湯は、其ばかりか、温泉その物が、利きそうな気をさせる。其ほど峻烈に膚に沁む。東北には酸川・酸个湯など、舌に酸っぱいことを意味する名の…

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