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落語の濫觴
らくごのらんしょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」 筑摩書房
2001(平成13)年8月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-08-14 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 落語の濫觴は、昔時狂歌師が狂歌の開の時に、互に手を束ねてツクネンと考込んで居つては気が屈します、乃で其合間に世の中の雑談を互に語り合うて、一時の鬱を遣つたのが濫觴でござります。尚其前に溯つて申ますると、太閤殿下の御前にて、安楽庵策伝といふ人が、小さい桑の見台の上に、宇治拾遺物語やうなものを載せて、お話を仕たといふ。是は皆様も御案内のことでござりますが、其時豊公の御寵愛を蒙りました、鞘師の曾呂利新左衛門といふ人が、此事を聴いて、私も一つやつて見たうござる、と云ふので、可笑なお話をいたしましたが、策伝の話より、一層御意に適ひ、其後数度御前に召されて新左衛門が、種々滑稽雑談を演じたといふ。夫より後に鹿野武左衛門といふ者が、鹿の巻筆といふものを拵へ、又露野五郎兵衛といふものが出て、露物語でござりますの、或は露の草紙といふものが出来ました。夫切絶て此落語と云ふものはなかつたのでございます。夫より降つて天明四年に至り、落語と云ふものが再興いたしました。是は前にも申しました通り、狂歌師が寄つて狂歌の開をいたす時、何かお互に可笑しい話でもして、ワツと笑ふ方が宜からうと云ふので、二三囘やつて見ると頓だ面白いから、毎月やらうと云ふ事に相成、蜀山人、或は数寄屋河岸の真顔でございますの、談洲楼焉馬などゝ云ふ勝れた狂歌師が寄つて、唯落語を拵へたまゝ開いても面白くないから、矢張判者を置く方が宜からうと云ふので、烏亭焉馬を判者に致し、乃で狂歌師の開と共に此落語の開もやらうと云ふ事になり、談洲楼焉馬が判者で、四方の赤良が補助といふ事で、披露文を配つたが、向島の武蔵屋の奥座敷が閑静で宜からう、丁度桜花も散つて了うた四月廿一日ごろと決したが、其披露文の書方が誠に面白い。
「這囘向島の武蔵屋に於て、昔話の会が権三りやす」
 と書いた、是は武蔵屋権三郎を引掛たのだが何日とも日が認めてないから、幾日だらう、不思議な事もあるものだ、是は落字をしたのか知ら、忘れたのではないか、と不審を打つ者があると、数寄屋河岸の真顔が、「イヤ是は大方二十一日であらう、「昔」と云ふ字ハ、廿一日と書くから、まア廿一日に行つて見なさい。成程と思つて当日行つて見ると、幟等を建て盛んに落語の会があつたといふ。して見ると無理に衆人に聴かせよう、と云ふ訳でも何でもなかつたのでござります。
 恁る事は円朝も薩張存ぜずに居りましたが、彼の談洲楼焉馬が認めた文に依て承知いたしました。其文に、
「夫羅山の口号に曰、萬葉集は古詩に似たり、古今集は唐詩に似たり、伊勢物語は変風の情を発するに贋たり、源氏物語は荘子と天台の書に似たりとあり。爰に宇治拾遺物語と云へるは、大納言隆国卿皐月より葉月まで平等院一切経の山際南泉坊に籠りたまひ、あふさきるさの者のはなし、高き賤しきを云はず、話に従ひ大きなる草紙に書かれけり、貴き事もあり、哀れなる事もあり、少し…

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