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蒼白い月
あおじろいつき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本文学全集 8 徳田秋声集」 集英社
1967(昭和42)年11月12日
初出「サンエス」1920(大正9)年7月
入力者岡本ゆみ子
校正者米田
公開 / 更新2010-05-26 / 2014-09-21
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ある晩私は桂三郎といっしょに、その海岸の山の手の方を少し散歩してみた。
 そこは大阪と神戸とのあいだにある美しい海岸の別荘地で、白砂青松といった明るい新開の別荘地であった。私はしばらく大阪の町の煤煙を浴びつつ、落ち着きのない日を送っていたが、京都を初めとして附近の名勝で、かねがね行ってみたいと思っていた場所を三四箇所見舞って、どこでも期待したほどの興趣の得られなかったのに、気持を悪くしていた。古い都の京では、嵐山や東山などを歩いてみたが、以前に遊んだときほどの感興も得られなかった。生活のまったく絶息してしまったようなこの古い鄙びた小さな都会では、干からびたような感じのする料理を食べたり、あまりにも自分の心胸と隔絶した、朗らかに柔らかい懈い薄っぺらな自然にひどく失望してしまったし、すべてが見せもの式になってしまっている奈良にも、関西の厭な名所臭の鼻を衝くのを感じただけであった。私がもし古美術の研究家というような道楽をでももっていたら、煩いほど残存している寺々の建築や、そこにしまわれてある絵画や彫刻によって、どれだけ慰められ、得をしたかしれなかったが――もちろん私もそういう趣味はないことはないので、それらの宝蔵を瞥見しただけでも、多少のありがた味を感じないわけにはいかなかったが、それも今の私の気分とはだいぶ距離のあるものであった。ただ宇治川の流れと、だらだらした山の新緑が、幾分私の胸にぴったりくるような悦びを感じた。
 大阪の町でも、私は最初来たときの驚異が、しばらく見ている間に、いつとなしにしだいに裏切られてゆくのを感じた。経済的には膨脹していても、真の生活意識はここでは、京都の固定的なそれとはまた異った意味で、頽廃しつつあるのではないかとさえ疑われた。何事もすべて小器用にやすやすとし遂げられているこの商工業の都会では、精神的には衰退しつつあるのでなければ幸いだというような気がした。街路は整頓され、洋風の建築は起こされ、郊外は四方に発展して、いたるところの山裾と海辺に、瀟洒な別荘や住宅が新緑の木立のなかに見出された。私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた古いこの土地の伝統的な声曲をも聞いた。ちょっと見には美しい女たちの服装などにも目をつけた。
 この海岸も、煤煙の都が必然展けてゆかなければならぬ郊外の住宅地もしくは別荘地の一つであった。北方の大阪から神戸兵庫を経て、須磨の海岸あたりにまで延長していっている阪神の市民に、温和で健やかな空気と、青々した山や海の眺めと、新鮮な食料とで、彼らの休息と慰安を与える新しい住宅地の一つであった。
 桂三郎は、私の兄の養子であったが、三四年健康がすぐれないので、勤めていた会社を退いて、若い細君とともにここに静養していることは、彼らとは思いのほか疎々しくなってい…

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