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北極星
ほっきょくせい
作品ID50155
著者片山 広子
文字遣い新字旧仮名
底本 「燈火節」 月曜社
2004(平成16)年11月30日
入力者竹内美佐子
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-11-22 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 よる眠る前に、北の窓をあけて北の空を見ることが私のくせになつてしまつた。窓から二間ぐらゐ離れて、隣家の地主の大きな納屋が立つてゐる、むかし住宅であつたこの納屋は古くても立派な屋根をもつてゐる。その黒々とした大きな屋根の上を少しはづれたところに北斗の星がみえる。どこで見ても変らない位置のあの七つの星は納屋の屋根の真上からななめに拡がつて、いちばん遠い端のものはひろい夜ぞらの中に光つてゐる。しかし私がきまつてながめるのは、あの「ねの星」つまり北極星である。肉眼でみるとあまり大きくはないが、静かにしづかに光つてまばたきもしない。かぎりなく遠い、かぎりなく正しい、冷たい、頼りない感じを与へながら、それでゐて、どの星よりもたのもしく、われわれに近いやうでもある。人間に毎晩よびかけて何か言つてゐる感じである。
 浜田山に疎開して以来、月や星をながめる気持でなくなつたのに、ふしぎに毎晩眠る前には北の星を仰いで何か祈りたい心になる。何をいのるのか自分でもわからない。たよりなく小さい、はかない、人間の身を見て下さいと星に言ふつもりだらうか?
 伝説には、円卓騎士の大将アーサアが北極星から名をもらつたといふ話もあるが、えらい人にはいろいろな伝説がつくので、どこから名を貰つてもさしつかへない。
 たぶん中世紀かそれより以前に栄えた人であつたらう、大王ペンドラゴンは無限に広い領土を持つてゐた。ペンドラゴンといふ字は辞書には覇王と訳してある。ただのドラゴンは龍であり星の名でもあるから、どつちにしてもえらい王であつたにちがひない。今の全欧羅巴の土地から北は北極まで、西はブリテンの島々の向うの茫々たる大洋まで支配してゐた。その大王ペンドラゴンのひとり子、金髪の少年スノーバアド(雪鳥)は或る夕がた繁つた山を出はづれた丘に出て西北に限りなくひろがる海を見てゐた。一日じう彼は考へごとをしながら歩いてゐたのである。父なるペンドラゴン王とその尊い一族は神ではないが、この世に生きてゐる人間たちよりはずつと神に近く、智慧もあり力もあり、礼儀の美しさを守る偉大な存在であることを彼はよく知つてゐた。そのペンドラゴン大王と別れる時が近く来ることを王子はすぐれた霊智に依つて知らされてゐるのだつた。自分はもう子供でなく大人になりつつあるのだと思ふと、今までの子供時代の名を捨てて何といふ名を名のらうかと考へて、彼はヘザの草原に腰をおろして海を見てゐたが、いつか眠つてしまつた。何か物のけはひに眼をあげて見ると、すぐ側に背の高い立派な人が立つてゐた。神であらうかと彼は思つた。
「わが子よ、わたしを知らないのか?」とその人が言つたが、彼はその人に見おぼえがなかつた。その人がまた言つた。
「わが子よ、わたしを知らないのか?……お前の父ペンドラゴンだ。あそこにわたしの家がある、遠からずお前にわかれてあそこに行かなければな…

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