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四つの市
よっつのいち
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「燈火節」 月曜社
2004(平成16)年11月30日
入力者竹内美佐子
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-11-22 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 グレレゴリイ夫人の伝説によると、むかしゲエル人の先住民ダナ人らがアイルランドに渡つて来た時には、大ぞらの空気の中を通つて霧に乗つて来たさうである。ダナ人は北の方から来たと書いてあるが、その北の方に四つの都市があつた。まづ大きな市ファリアス、それから光りかがやくゴリアスとフィニアス、ずうつと南の方にムリアスがあつた。ダナ人はその四つの市から四つの宝を持つて来た。まづファリアスからはリア・フエールと名づけられた「運命の石」。ゴリアスからは一本の剣。フィニアスからは「勝利の槍」。ムリアスからは大きな鍋、その鍋があれば、いかほど大勢の人数にも充分たべさせ得られた。さう書いてあつても、そのふるさとの市は北の方にあるとだけしか分らない。
 その四つの市についてフィオナ・マクラオドの随筆では、むかし、イデンの園の四方にゴリアス、ファリアス、フィニアス、ムリアスの市があつた。そのころイデンは天使らと地の娘たちとの子孫で繁昌してゐた。あの美と悲しみの女イヴがまだ生まれてはゐない時分で、霊をもたないリリスの娘らはみる目美しく花のやうであつたが、花のやうに枯れて死んでしまへば、それきりであつた。その時アダムはまだイデンの園から起き出してはゐなかつた。
 フィニアスの市はイデンの南の方の門で、ムリアスは西の門であつた。北にはファリアスが一つの大きな星を冠つて立つてゐた。東の方に宝石の市ゴリアスが日の出の如き光を輝かせてゐた。その光の市では死を知らない天の人たちがリリスの子供である地上の女たちと愛し合つてゐた。アダムが神の御名を呼んで世界の王となつたその日、西と東と北と南のその市々に大きな溜息がきこえて、朝が来ても地の娘たちは天上の恋人たちの朝日にひかる翼のうごきにももう目を覚さなかつた。天住民はそれきりイデンに来なくなつた。アダムの側にイヴが目をさまして、とこしへの不思議を湛へた眼でアダムを見た時、黄昏の嘆きと告別の声が市々にきこえてゐた、海ぎしのムリアスに、高山の嶺に立つゴリアスに、ひそかな静かな園のファリアスに、月光が槍のやうに射す平野のフィニアスに。かうしてリリスの娘らは塵のやうに、露のやうに、影のやうに、枯葉のやうに過ぎ去つて、四つの無人の市々ができたのである。
 アダムは立ち上がり、イヴに住む人のないその四つの市々を見て歩き、世界の四つの古い秘密を探して持つて来るやうにと言つた。イヴは先づゴリアスに行つてみたが、そこには何もなくただ火が燃えてゐた。イヴはその火焔を採つて自分の心に隠した。昼ごろイヴはフィニアスに来た。そこには白く光る槍があつた。彼女はそれを自分の頭脳に隠した。夕がた彼女はファリアスに来たが、暗黒の中に輝く一つの星が見えただけだつた。イヴはその暗黒と暗黒の中の星を自分の腹に隠した。月ののぼる頃イヴは大洋の岸のムリアスに来た。そこには何もなく、ただ波の上にさ…

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