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橋の上で
はしのうえで
作品ID50189
原題ON A BRIDGE
著者小泉 八雲
翻訳者林田 清明
文字遣い新字新仮名
入力者林田清明
校正者林田清明
公開 / 更新2009-03-17 / 2022-04-20
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 お抱え車夫の平七が、熊本の町の近郊にある有名なお寺へ連れて行ってくれた。
 白川に架かっている、弓のように反った、由緒ありそうな橋まで来たとき、私は平七に橋の上で停まるように言った。この辺りの景色をしばし眺めたいと思ったのである。夏空の下で、電気のような白日の光に溢れんばかりに浸されて、大地の色彩は、ほとんどこの世のものとは思われないほど美しく輝いていた。足下には、浅い川が灰色の石の河床の上を、さざめきながら、また音を立てて流れていて、さまざまな濃淡の新緑の影を映していた。眼前には、赤茶けた白い道が、小さな森や村落を縫うように曲がりくねり、ときに見えなくなったり、また現れたりしながら、その遙か向こう、広大な肥後平野を取り囲んでいる、高く青い峰々へと続いているのだった。背後には、熊本の町が広がっていた――おびただしい屋根の甍が遠く青味がかって渾然とした色合いを見せている――なかでも、遠くの森の岡の緑を背にして、お城の灰色の美しい輪郭がくっきりと見えていた……。町の中から見れば、熊本の町はつまらないところだ。けれども、あの夏の日に私が眺めたときのように遠望すれば、そこは靄と夢で出来たおとぎの国の都である……。

 「二二年前でしたか」、平七は、額の汗を拭きながら話しました――「いいや、二三年前でしたろう――、わしはこの橋の上に立って、町が燃え上がるのを見とったです。」
 「夜にですか?」私は聞きました。
 「いいえ、雨の降る日の――昼過ぎでしたな。……戦の真っ最中で、熊本の町は炎に包まれとったですよ。」と、老車夫は言った。
 「どことどこが戦っていたのですか?」
 「お城の中の鎮台兵と薩摩の軍勢ですよ。大砲の砲弾を避けようと、わしらは地面に穴を掘って、その中にしゃがんどった。薩軍は丘の上に大砲を据えて、お城の鎮台兵はわしらの頭越しに、敵目がけて打込んでおった。町は全部焼けてしもうた。」
 「でも、どうしてここにいたのですか?」
 「逃げてきたとですよ。ひとりで、やっとこの橋まで逃げてきました。ここから二里半ばかり先のところで、農家をしている兄の家へ行こうとしとったんです。ところが、止められたとです。」
 「誰が止めたのです?」
 「薩摩の兵たちです。――その人たちが誰だったか分からんです。この橋にたどり着いたときに、欄干に寄りかかっている百姓姿の三人を見かけたんですが――てっきり農家の人たちだと思っとったんです。その人らは、藁の大きな笠を被り、草鞋を履いていた。わしがその人らに丁寧に話しかけたら、一人が振り向いて、「ここに居ろ!」と言った。言ったのはそれっきりで、他の者は何も言わんかった。それで、この人たちが百姓ではないと感づいて、わしは恐ろしくなったですよ。」
 「どうして農夫でないとわかったのです?」
 「着ている蓑の下に長い刀を隠しておった――とても長い…

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