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父の墓
ちちのはか
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「ふるさと文学館 第五〇巻 【熊本】」 ぎょうせい
1993(平成5)年9月15日
初出「趣味 第4巻第4号」易風社、1909(明治42)年
入力者林田清明
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2010-04-09 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 停車場から町の入口まで半里位ある。堤防になつてゐる二間幅の路には、櫨の大きな並木が涼しい蔭をつくつて居て、車夫の饅頭笠が其間を縫つて走つて行く。小石が出て居るので、車がガタガタ鳴つた。
 堤防の下には、処々に茅葺屋根が見える。汚ない水たまりがあつて、其処に白く塵埃に塗れた茅や薄が生えて居る。日影のキラキラする夏の午後の空に、起伏した山の皺が明かに印せられた。
 堤防の尽きた処から、路はだらだらと下りて、汚ない田舎町に入つて行く。
 路の角に車夫が五六人、木蔭を選んで客待をして居た。其傍に小さな宮があつて、其広場で、子供が集つて独楽を廻して居た。
 思ひも懸けぬ細い路が、更に思ひもかけぬ汚い狭い衰へた町を前に展げた。溝の日に乾く臭と物の腐る臭と沈滞した埃の交つた空気の臭とが凄しく鼻を衝いた。理髪肆の男の白い衣は汚れて居るし、小間物屋の檐は傾いて居るし、二階屋の硝子窓は塵埃に白くなつて居るし、肴屋の番台は青く汚くなつて居るし、古着屋の店には、古着、古足袋、古シヤツ、古ヅボンなどが一面に並べてあるし、何処を見ても衰への感じのしないものはなかつた。
 とある道の角に、三十位の卑しい女が、色の褪めた赤い腰巻を捲つて、男と立つて話をして居た。其処に細い巷路があつた。洗濯物が一面に干してあつた。
『肥後の八代とも言はれる町が、まさかこんなでもあるまい。此処は裏町か何かで、賑かな大通は別にあるだらう』と私は思つた。成程、少し行くと、通がいくらか綺麗になつた。十字に交叉した路を右に折れると、やがて私の選んだ旅店の前に車夫は梶棒を下した。
 私の通された室は、奥の風通しの好い二階であつた。八畳の座敷に六畳の副室があつた。衣桁には手拭が一筋風に吹かれて、拙い山水の幅が床の間に懸けられてあつた。座敷からすぐ瓦屋根に続いて、縁側も欄干もない。古い崩れがけた[#「崩れがけた」はママ]黒塀が隣とのしきりをしては居るが、隣の庭にある百日紅は丁度此方の庭木であるかのやうに鮮かにすぐ眼の前に咲いて居る。
 そして其向ふに、同じつくりの二階屋がずらりと幾軒も並んで、其の裏を見せて居る。二階屋の裏! 其処には蚊帳が釣つたまゝになつて居る家もあつた。雨戸が半ば明けられて、昨夜吊つたまゝの盆燈籠が其軒に下げてある家もあつた。雨戸の全く閉め切つてある家もあつた。箪笥、葛籠、長持、机などが見えた。不図、其中の一軒から、艶かしい女が、白い脛を見せて、今時分ガラガラと雨戸を繰り出た。
 茶を運んで出た女に、
『向ふの二階屋の表面は大通りになつて[#「なつて」は底本では「なって」]居るのかね?』
『さうだツけん』と女は笑つた。
 其二階屋の表の通を私は夕餐の後に通つて見た。其処が此田舎町の大通で――矢張狭かつた――西洋小間物店、葉茶屋、呉服商、絵葉書屋などが並んで居た。孰れも古い家屋ばかりで、此処らあたりの田…

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