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読倫理教科書
どくりんりきょうかしょ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「福沢諭吉教育論集」 岩波文庫、岩波書店
1991(平成3)年3月18日
初出「時事新報」1890(明治23)年3月18日
入力者田中哲郎
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-07-04 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 過般、榎本文部大臣が地方官に向って徳育の事を語り、大臣は儒教主義をとる者にして、いずれ近日儒教の要を取捨して、学生のために一書を編纂せしむべしとのことなり。然るに、徳教書編纂の事は、先年も文部省に発起して、すでに故森大臣の時に(明治二十年)倫理教科書を草し、その草案を福沢先生に示して批評を乞いしに、その節、先生より大臣に贈りたる書翰ならびに評論一編あり。久しく世人の知らざるところなりしかども、今日また徳教論の再発にさいし、その贈書の草稿を左に記して、読者の参考に供す。

      書翰
過般、御送付相成候『倫理教科書』の草案、閲見、少々意見も有之、別紙に認候。妄評御海恕被下度、此段、得貴意候也。
      五月  日
福沢諭吉
     森文部大臣殿

 倫理教科書の目的は、人の徳心を養成せんとするにあるか、ただしは人をして人心の働を知らしめんとするにあるか。けだし心理を知る者、必ずしも徳行の君子に非ず、徳行の君子、つねに心理学に明らかなるものに非ず。両者の間に区別あるは、もとより論をまたざるところなり。本書すでに教科書の名あるからには、これによりて少年学生輩の徳心を誘導して、純良の君子たらしめんとの目的なるべし。
 然らばすなわち、徳行の条目を示し、人たるものはかくあるべし、かくあるべからずと、ていねい反覆その利害を説明して、少年の心を薫陶するこそ、徳育の本意なるべきに、全編の文面を概すれば、むしろ心理学の解釈とも名づくべきものにして、読者をしておよそ人心の働を知り、その運動の様を了解せしむるには足るべしといえども、これによりて徳心の発育を促すの効用いかんにおいては、いささか足らざるものあるが如し。
 されども編末の備考に、「この書に載するところはただ倫理の要領のみにして、広く例を集めつまびらかに証を示すの業は、教師の本分としてこれを略せり。」とあるがゆえに、中学校、師範学校の教師が、本書を講ずるときに、種々様々の例証を引用して、学生の徳行を導くことならん。ずいぶん易からざる業なれども、しばらく実際に行わるべきものとしてこれにしたがうも、なお遺憾なきを得ず。
 そもそも本書全面の立言は、人生戸外の公徳を主として、家内私徳の事には深く論及するところを見ず。然るに鄙見はまったくこれに反し、人間の徳行を公私の二様に区別して、戸外公徳の本源を家内の私徳に求め、またその私徳の発生は夫婦の倫理に原因するを信ずるものなり。本来、社会生々の本は夫婦にあり。夫婦の倫、紊れずして、親子の親あり、兄弟姉妹の友愛あり。すなわち人間の家(ホーム)を成すものにして、これを私徳の美という。内に私徳の修まるあれば、外に発して朋友の信となり、治者被治者の義となり、社会の交際法となるべし。
 けだし社会は個々の家よりなるものにして、良家の集合すなわち良社会なれば、徳教究竟の目的、はたし…

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