えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


広告

支那史学史概要
しなしがくしがいよう
副題――史記より清初まで――
――しきよりしんしょまで――
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「内藤湖南全集 第十一卷」 筑摩書房
1969(昭和44)年11月30日
入力者はまなかひとし
校正者小林繁雄
公開 / 更新2009-08-19 / 2014-09-21
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)
えあ草紙で読む
HTMLページで読む

広告

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

find Audible YouTube

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

楽天Koboで表紙を検索

広告

本文より

 史記が出來てから、その次の代に、史記の後を繼いで出來たものは漢書であるが、この兩者の間に出來た差異の一つは、史記が通史であるのに對して漢書が斷代史であるといふことである。その後の歴史を作る人、殊に支那で正史として取扱はれた歴史を作る人は、編纂の便利であるといふ點から、皆な漢書に倣つて斷代史を作り、史記に倣ふものはしばらくなかつた。これは後に問題になり、歴史は通史に書くべきものであつて、斷代史は眞の歴史の體でないといふ論が出たが、それは南宋の時のことであつて、それまでは史論家も斷代史に贊成するといふ風であつた。
 次に史記漢書以後、漸次歴史の種類も増加して來た。史記が出來て間もない時代に、劉向・劉[#挿絵]が、あらゆる書籍の目録を作つた。この目録は、今日では漢書の藝文志に載つてゐるが、それを見ても、この頃にはまだ書籍目録の中に史部といふ部はなかつた位であるが、その後、唐の初めに隋書の經籍志を作つた時までに歴史の種類が増加し、史部といふ部類も出來、隋書經籍志は史部を正史・古史・雜史・覇史・起居注・舊事・職官・儀注・刑法・雜傳・地理・譜系・簿録に分つてゐる。經籍志は全體の書籍を經・史・子・集の四部に分けてゐるが、史部はその中の大きな一部を占めてゐるのである。この後今日に至るまで、書目の分類は大體これが手本になつてゐる。右の中の正史は斷代に一朝一朝のことを記した歴史。古史は編年史。雜史は正史にも古史にも入らぬ特別の事柄につき勝手に記したもの。覇史は南北朝の頃色々の國があつて、各[#挿絵]歴史があり、正統の朝と認めないもの故かくいふ。起居注は天子の側近の日記。舊事は儀注に似てゐるが、儀式に關する古よりのしきたりを記したもの。職官は官制に關するもの。儀注は現在行はれてゐる儀式の次第書き。之に對して舊事は、儀注の來歴を記したもの。刑法は法律。雜傳は傳記又は特別の事柄の記録。簿録は目録の學問である。かかる區別の立つ程に、漢より唐までの間に、歴史の體裁は複雜に發達したのである。これに從つてその内容や編纂方法にも變化があつた。
 初め史記・漢書・三國志の間は、歴史を書く方法として、材料の取扱ひ方に一定の主義があつた。それは多く材料をそのまま歴史に書き込む方法である。もつとも材料をそのまま取り入れると云つても、皆な當時としては正確と思はれるものを取るのである。その中で、史記の如きは、今日から見れば傳説が大部分を占めて居つて、正確と云はれぬこともある。しかしその正確でないといふことは、今日の材料の取扱ひ方からして、それを史實として取扱はうといふ考から云ふことである。中古に文書が完全になつてからは、史實の取扱ひ方は易いことであるが、全く文書のない時代、口説で傳へられてゐた時代のことは、その口説を全く棄ててしまふと、史實が失はれるから、口説の中より正しいと思はれるものを取るより外はな…

えあ草紙で読む

ライフメディアへ登録

Koboユーザー必見!
楽天スーパーポイントとは別に
価格の5%がポイントに!

find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2016 Sato Kazuhiko