えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

日の光を浴びて
ひのひかりをあびて
作品ID50344
著者水野 仙子
文字遣い旧字旧仮名
底本 「讀賣新聞」 讀賣新聞社
1919(大正8)年2月6日、7日、9日
入力者林幸雄
校正者小林徹
公開 / 更新2011-03-17 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

(一)

 日は照れど、日は照れど
 君を見る日の來なければ
 わたしの心はいつも夜

 日は照れど、日は照れど
 わたしは目盲ひ、耳聾ひ、唖者
 君を見もせず、聞きも得ず

「日が照つてゐる……。」
 さう呟きながら、私は部屋の隅から枕を巡らして、明るい障子の方にその面を向けた。南向きといふ事は何といふ幸福な事であらう、それは冬の滋養を大半領有する。日の光は今頑固な朝の心を解いて、その晴やかな笑顏のうちに何物をも引きずり込まないでは置かないやうに、こゝを開けよとばかり閉ぢられた障子の外を輝きをもつて打つてゐる。
 私はそれに從はないではゐられなかつた。手をのべて、しかしなか/\屆きさうもなかつたので半身を乘り出して、それでも駄目だつたのでたうとう起き上つてまで、障子を左右に開いた。日光は柔かに導かれ、流れた。その光が漸く蒲團の端だけに觸れるのを見ると、私は跼んでその寢床を日光の眞中に置くやうに引いた。それだけの運動で、私の息ははづみ、頬に血がのぼつた。そして暫く枕についてからも皷動が納らなかつた。
「日が照つてゐる……。」
 それはほんたうに幸福な事である。けれども……皷動が全く靜まつて、血の流れがもとのゆるやかさにかへつた頃、極めて靜かに歩み寄つて來るもの侘びしさを、私は心に迎へなければならなかつた……それは力の弱い冬の日だからだらうか? 否! どうして彼女の力を侮る事が出來よう。お聞きでないかあのもの靜かな筧の音を。見る通りに雪は眞白く山に積つてゐる。そして日蔭はあらゆるものの休止の姿で靜かに寒く默りかへつてゐる。それだのに同じ雪を戴いたこゝの庇は、彼女にその冷え切つた心を温められて、今は惜しげもなく愛の雫を滴らしてゐるのだ。

(二)

 タツ! タツ! タツ! あゝあの音を形容するのはむづかしい、何といふ文字の貧しい事であらう、あれあんなに優しい微妙な音をたてゝゐるのに……。それは如何にも、あの綺麗な雪が溶けて、露の玉になつて樋の中へ轉び込むのにふさはしい音である……轉び込んだ露はとろ/\と響に誘はれて流れ、流れる水はとろ/\と響を導いて行く。
 何といふ靜かさだらう!絶え間もなく庇から露が散る。水晶が碎けて落ちるやうに、否、光そのものが散つ來る[#「散つ來る」はママ]やうに……。

 日は照れど、日は照れど
 日の照る間は短いに
 いつまでわたしが待つたなら

 凝乎と、冬の日の中に横へられた私の體の中で、柔かな暖かさに包まれながら、何といふもの寂しい聲をたてゝ私のこゝろの唄ふ事だらう!一寸でも身動きをしたらその聲はすぐに消えよう、瞬きをしてさえもその聲は絶える。

 馬の背中に鞍おいて
 淺間の煙仰ぎつゝ
 麓をめぐり來ますらむ……

 古い名を持つ草津に隱れて、冬籠る身にも、遙々と高原の雪を分けて、うらゝかな日は照つてゐる。
「日が照つてゐる…

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2024 Sato Kazuhiko