えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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突貫
とっかん
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「島崎藤村全集第五巻」 筑摩書房
1981(昭和56)年5月20日
初出「太陽」1913(大正2)年1月
入力者林幸雄
校正者木浦
公開 / 更新2012-12-15 / 2014-09-16
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………私は今、ある試みを思ひ立つて居る。もし斯の仕事が思ふやうに捗取つたら、いづれそれを持つて山を下りようと思ふ。けれども斯のことは未だ誰にも言はずにある。
 今日まで私は酷だ都合の好いことを考へて居た。自分の目的は目的として置いて、衣食の道は別にするやうな方針を取つて来た。それが自分の目的に一番適つたことだと信じて来た。しかし私は斯の考への間違つて居ることを悟つた。私の教員生活も久しいものだ。斯様な風にしてずる/\に暮して行く月日には全く果しが無い。私は今日までの中途半端な生活を根から覆して、遠からず新規なものを始めたいと思ふ。私は他人に依つて衣食する腰掛の人間でなくて、自ら額に汗する労働者でなければ成らない。
 東京の友人が戦地へ赴く前に寄した別離の手紙は私の心に強い刺戟を与へた。私も一度は従軍記者として出掛けたいといふ希望を起したが、斯ういふ田舎に居てその機会を捉へることは、所詮不可能だとあきらめた。私には私の気質に適つたことが有る。私は今度の戦争の中で、自分の思ひ立つた仕事を急がなければ成らない。

 私の写実的傾向が産み出した最初の産物は先づ発売禁止に成つた。こゝの分署の巡査が町々の書店を廻つてあの雑誌を押収して行つた。その時の光景は忘れることが出来ない。しかし、それらの打撃も、私が斯の狭い噂好きな地方で風俗壊乱の人として見られたといふことも、言はゞ一時的のものに過ぎなかつた。唯、私は人の知らないことで、未だに心を苦めて居ることが有る。あの雑誌が発売禁止に成ると間もなく、ある日、桜井先生の奥さんが私に向つて、「――貴方は私共の家のことを御書きに成つたさうぢや有りませんか。」と言つた時は、私はぎよツとした。私は先生の先の奥さんの若い生活のある一部のさまを拝借したことを白状する前に、あの作物がいかに先生夫婦の心を傷けたかといふことを思つて見た。
「何卒、私の書いたものをよく読んで見て下さい。」左様言つて置いて奥さんの前を引退つた。あの心地は今だに続いて居る。私は幾分なりとも物の精髄に触れようとして、妙に自分を肩身の狭いものとした。
 同じ傾向から殆んど双生児のやうにして産み出した作物の中に、私はある線路番人のことを写した。毎日主人の子供を負つて鉄道の踏切のところを通る下婢のことを書いた。錯々と水を担いで遠い井戸から主人の家へ通ふ娘のことを書いた。その娘が線路番人に腕力で捩ぢ伏せられて――終には娘の方から番人と夫婦に成りたいといふことを親の許へ言ひ込んで来て、到頭土地にも居られずに主人の家を飛出したといふ話を書いた。私は唯ありふれたことを書いた。娘から見れば、番人の方は阿爺と言つても好い程の年配だ。私はその通り書いた。私は無いものを有るやうに見せる手品師…

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