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明治卅三年十月十五日記事
めいじさんじゅうさんねんじゅうがつじゅうごにちきじ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「飯待つ間」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年3月18日
初出「ホトトギス 第四巻第二号」1900(明治33)年11月20日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-10-12 / 2014-09-21
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 余が病体の衰へは一年一年とやうやうにはなはだしくこの頃は睡眠の時間と睡眠ならざる時間との区別さへ明瞭に判じ難きほどなり。睡さめて見れば眼明かにして寝覚の感じなく、眼を塞ぎて静かに臥せばうつらうつらとして妄想はそのままに夢となる。されば朝五時六時頃に眼さむるを常とすれど朝の疲労せる時間を起きて頭脳を使はんは少しにても静かにあらんに如かずと、七時八時頃までうつらうつらとして夢と妄想の間に臥し居るなり。今朝眼さめたるは五時頃なるべし。四隣なほ静かに、母は今起き出でたるけはひなり。何となく頭なやましきに再び眠るべくもあらねば雨戸を明けしむ。母来りて南側のガラス障子の外にある雨戸をあけ窓掛を片寄す。外面は霧厚くこめて上野の山も夢の如く、まだほの暗きさまなり。庭先の[#挿絵]頭葉[#挿絵]頭にさへ霧かかりて少し遠きは紅の薄く見えたる、珍しき大霧なり。余は西枕にて、ガラス戸にやや背を向けながら、今母が枕もとに置きし新聞を取りて臥しながら読む。朝眼さむるや否や一瞬時の猶予もなく新聞を取つて読むは毎朝の例なり。『日本』を取りて先づ一ページをざつと見流し直にひろげて二ページを読む。支那問題はいつ果つべくも見えず伊藤内閣も出来さうで出来ず埒のあかぬ事なり。五ページを見て三ページを見て四ページを見て復一ページに返り論説雑録文苑などこまかく見る。かくする間に『時事新報』、『大坂毎日新聞』など来る。新聞を読む間、一時間半より二時間半に至る。その間寸時も休む事なし。終りてガラス戸の方を向くに霧漸く薄らぎ、葉[#挿絵]頭の濡れたる梢に朝日の照る、うつくしく心地よし。
 いたく疲労を覚ゆるに再び眠りたく眼を塞ぎたるも例のうつらうつらとするばかりにて安眠を得ず。溲瓶を呼ぶ。『海南新聞』来る。中に知人の消息はなきやとひろげて見る。妹に繃帯取換を命ず。繃帯取換は毎日の仕事なり。未だ取りかからざる内に怪庵来る。枕元の襖をあけて敷居ごしに話す。余は右向きになり頭を擡げ右手の肱を蒲団の上につき居り。こは客に接する時、飯くふ時、筆を持つ時に取る所の態度なり。先日手紙にて頼み置きたる者出来居るか、と怪庵いふ。余、僕は字を書く事は誰にもことわつて居るのだからこの分だけ書く訳にゆかず、宜しく先方へさういふてくれ、と頼む。怪庵、小ぎれに書きたる木堂の書を出して示す。それより書の話に移る。怪庵、僕は外に望はない、書ばかりは少し書いて見たい、といふ。僕も時々大きな字をなぐりつけたけれど筆がないので買ひにやると一六先生用筆といふ二十銭の筆を買ふて来た、書いて見ると一六先生に似たやうなよつぽど変な字が出来るので呆れてしまふた、と話して笑ふ。一六はいやだ、と怪庵口をとがらしていふ。きのふ蘇山人に貰ひたる支那土産の小筆二本と香嚢とを出させて怪庵に示す。怪庵、筆にかぶせてある銅の筆套を抜き、指の尖にて筆の穂をいぢりながら、善…

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