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従軍紀事
じゅうぐんきじ
作品ID50392
著者正岡 子規
文字遣い新字旧仮名
底本 「飯待つ間」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年3月18日
初出「日本附録週報」1896(明治29)年1月13日、1月27日、2月3日、2月10日、「日本」1896(明治29)年1月19日、1月31日、2月19日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-09-03 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

緒言

 国あり新聞なかるべからず。戦あり新聞記者なかるべからず。軍中新聞記者を入るるは一、二新聞のためにあらずして天下国家のためなり兵卒将校のためなり。新聞記者にして已に国家を益し兵士を利す。乃ちこれを待遇するにまた相当の礼を以てすべきや論を竢たず。而してこれを日清戦争の実際に徴するに待遇の厚薄は各軍師団各兵站部に依りて一々相異なり、甲は以てこれを将校に準じ乙は以てこれを下士に準じ丙は以てこれを兵卒に準ず。果して将校に準ずべきか。兵卒を以てこれを待つ者は礼を知らざるの甚だしきなり。果して兵卒に準ずべきか。将校を以てこれを待つ者は法を濫るの甚だしきなり。もし各自の随意に待遇する者とせんか。これ国家に規律なき者にして立憲政体の本意に非るなり。もし大本営一定の命令を下して各軍師団各兵站部等これを奉ぜざる者とせんか。これ軍隊に規律なき者にして此の如き軍隊は戦争に適せざるなり。
 第一軍の兵士は高粱を喰ひ第二軍の兵士は佳肉に飽く。これ地理の然らしむる所なり。第一軍附の新聞記者は粱稈に坐し第二軍附の新聞記者は石牀に眠る。これ事情の然らしむる所なり。地理事情の然らしむる所これを待遇の厚薄と言ふべからず。もし佳肉に飽かしむべくしてかへつてこれに高粱を与へ石牀に眠らしむべくしてかへつてこれを粱稈に居らしめんか。此の如きは冷遇の極度といはざるを得ず。しかれども有形上の事は当時の事実に溯りて論ぜざるべからざるを以て一々これを探究するの暇なかるべし。もしその某将校の言ふ所「新聞記者は泥棒と思へ」「新聞記者は兵卒同様なり」等の語をしてその胸臆より出でたりとせんか。これ冷遇に止まらずして侮辱なり。彼らは新聞記者を以て犬猫同様に思ふが故にこの侮辱の語を吐きたるものならん。しかれども新聞記者は軍中にありてこれを争ふの権利なきなり。たとひ権利ありとするもこれを争ふことの不利なるは論を俟たず。新聞記者は軍中にある限りは新聞のために国家のためにその怒を押へその辱を忍ばざるべからざるなり。
 古は官吏尊くして庶民卑しかりき。これ事実の上において然りしのみならず理論の上においてまた然か思へりしなり。今は理論の上において官民に等差を附せずしかも事実の上においてなほ官尊民卑の余風を存す。租税を納むる者が郡区役所の小役人に叱られしはまさに昔日の一夢ならんとす。軍功を記して天下に表彰する従軍記者が将校下士の前に頓首して食を乞ひ茶を乞ひただその怒気に触れんことを恐るるが如き事実の明治の今日に存せんとは誰も予想外なりしなるべし。官自ら以て尊しとするか官の驕傲憎むべし。民自ら以て卑しとするか民の意気地なき真に笑ふに堪へたり。同くこれ国家の糧食なり。しかも士卒は以て己れの有の如く思ひ従軍記者は以て他人の家に寄食するが如く感ず。同じくこれ日本の国民なり。しかも軍人は規律の厳粛称呼の整正を以て自ら任ず、而して新聞記者…

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