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病牀譫語
びょうしょうせんご
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「飯待つ間」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年3月18日
初出「日本附録週報」1899(明治32)年3月13日、3月20日、3月27日、4月3日、4月24日
入力者ゆうき
校正者noriko saito
公開 / 更新2010-10-12 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

(一)

◎政治家とならんか、文学者とならんか、我は文学者を択ばん。政治家の技能はその局に当りその地位を得るに非ざれば見れず。その局に当りその地位を得るは一半は材能により一半は年歯による。たとひ材能の衆に超ゆるあるも年歯の少きは遂に奈何ともするなきなり。英のピツトの例は再びあるべからず。一般の例に拠るに少くも四十歳を越えざれば天下を動かす能はず。病躯蠢々命、旦夕を測られざる者豈手を拱して四十歳を待たんや。独り文学はしからず。四十歳を待たず、三十歳を待たず。二十歳にして不朽の傑作を得る者古来の大家往々にして然り。一月世にあれば一月の著作あり、一年世にあれば一年の著作あり。天下の人、その著作の真価を認めずとも百代の後必ずこれを知る。文学は材にあり、年にあらず。文学の人意を強うする者実にここにあり。択んで文学に居る、しかも才短識浅、年三十を過ぎて未だ一字の伝ふべき者を得ず。文学におけるまた為すなきなり。ただ文学の世俗と競はず年歯とかかはらず不羈自在にして毫も他の束縛を受けざる処において独り自ら慰むるのみ。
◎源実朝廿八歳にして歿す。身、将軍の職にありて一事を為す能はず。史家評して庸劣と為す。思ふに実朝は庸劣為すなきの人に非ざりしも年歯弱少にして威中外に加はらず、その漸く長ずるに及んでかへつて早く北条氏のために嫉まれ終に刺客の手に斃れしなり。たとひその抱負は四海を覆ひその材能は天下を経綸するに足る者ありしとするも、一事為すなきの迹に徴して、断じて庸劣と為す、強ひて弁ずべからざる者あり。将軍にして且つしかり。政治の年歯と関するの大なる以て知るべし。(近時清国の変またこれを証するに足る)ただ実朝は和歌において不朽の業を為すを得たり。政治家として如何に実朝を貶するとも、歌人として万葉以後ただ一人たるの名誉は終にこれを歿すべからず。将軍実朝は一事を為さずして、廿八歳の歌人は能く成功せり。
◎文学者は往々早熟して早世す。その早世する者を見るにその著作の数、多くは老年の人と匹敵す。バーンスの如きバイロンの如き皆然り。けだし早熟にして精神を労する者は五十年間の事業と生命とをあはせてこれを十年間に短縮する者にして、文学の上より見ればその早世のために損益する所なきが如し。しかれども実朝の銀杏樹下に斃れ、シエレーの一葦舟中に殺さるが如きは人にして天にあらず、まさに伸びんとする樹を伐りまさに開かんとする花を折る者、文学上の損害いくばくぞ。
◎我かつて哲学を学ばんと欲す。哲理深奥にして際涯なきが如き処大に我心を牽きたるなり。やや長じて常識を得るに及んで、未だ哲学を学ばず、先づ人智の極まる所、哲理の及ぶ所を見、自ら画して曰く知るべきのみと。遂に転じて文学に志す。文学には階級ありて窮極なし。門に入りて一歩則ち一歩の楽あり、十歩則ち十歩の楽あり。十歩にして天を仰ぐ天極むべからず、百歩にして天を仰…

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