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一草庵日記
いっそうあんにっき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「山頭火全集 第十巻」 春陽堂書店
1987(昭和62)年11月30日
入力者小林繁雄
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2010-10-11 / 2014-09-21
長さの目安約 50 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

八月三日 晴。

絶食、私は絶食しなければならない、食物がないといふ訳ばかりでなく、身心清掃のためにも。――
せめて今日一日だけでもすなほにつつましく正しく暮らしたいと思ふ、その日その日――その時その時を充実してゆくことが一生を充実することである。
黙々読書、おのれに籠つておのれを観た、労れると柴茶をすすつた……
今日も午後はおこぼれ夕立があつた、めつきり涼しくなつて、夜明けは肌寒くさへ感じた、夜無水居を訪ふ。

八月四日 曇―晴。

今日も絶食、すこしよろ/\する、老いたるかなと苦笑する。
空腹をかゝへて出かけた、旅中の□□庵を訪ねて奥さんより当面の生活費を少々貸して貰つた、混合米二升――八十二銭――提げて帰ることが出来た、あゝ御飯のおいしさありがたさ、一粒一粒の光明をひし/\味つた、(まづ仏前に供へて合掌懺悔して、)
私は私の健康を呪ふ、私はあまりに健康だ――健康でありすぎるための脱線、(意志薄弱はどうにもならない私である、)
朝顔―昼顔―夕顔、
或る友へのたより、――
……私はあいかはらず片隅にちゞこまつてあるかなきかの生活をつゞけゐますが、その生活も行き詰つて来ました、私はどうでもかうでも一転歩しなければならなくなりました、のるか、そるか、私は全心全身で私の新生活体制を結成しつゝあります。……

八月五日 晴―曇。

早起、私は自から省みて考へる、――私は節度ある生活をうち建てなければならない、ワガママを捨てて規律正しく生きなければならない、私はあまりに気随気儘だつた、私の生活にはムラがありすぎた、省みて疚しくない生活、俯仰天地に恥ぢない生活、アトクサレのない生活――さういふ生活にこそほんたうの安心立命がある。
ちよつとポストまで出かける、途上、野菜を買ふ、大茄子二つ五銭、大胡瓜一本五銭、大根は高くて買へなかつた、(一本二十銭といふ、)
泰山木、その一枝を活ける、私は泰山木のやうな存在でありたいと希ふ、その葉、その花、何と男性的ではないか。
吹く風はまさしく秋、更始一新のこゝろである。
私は醜悪だ、私は愚鈍でありたい、愚に返り愚を守り愚を貫きたい。

八月六日 晴。

東が白むのを待ちかねて起きる、まもなく護国神社の太鼓が、とうとうとうと鳴り出した、だいぶ日が短くなつて、もう五時も近からう。
身心沈欝、それをひきたてるべく、ちようど映画宮本武蔵の招待券を貰つたので出かける、しんみり観賞して、いろ/\考へさせられた、剣は人なり――剣心一路の道はまた私自身の道ではないか、恥ぢる恥ぢる、私には意力がない、あゝ意力がない。
――文は人なり、句は魂なり、魂を磨かないで、どうして句が光らう、句のかゞやき、それは魂のかゞやき、人の光である。
考へれば考へるほど、私は生存に値しないことを痛感する、殊に内外に亘る急迫しつゝある現情勢に於ては、非生産的な私にはかく感じな…

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