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たき
作品ID50417
著者今井 邦子
文字遣い旧字旧仮名
底本 「信濃詩情」 明日香書房
1946(昭和21)年12月15日
入力者林幸雄
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-06-12 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 瀧を見ることはたのしいことです。
 瀧は私はどんな小さい瀧でも、たとへば行きずりに見るほどのものでも、必ず一寸立ち止まつてその水の音をきゝ、碎け落つる白泡を見て一瞬たのしい心になる程好きなのであります。
 私は近年、夏を郷里の信濃下諏訪町のカメヤホテルといふ古風な旅館にすごす事に定つてしまひましたが、それはその家の人々が家族的に親切であるといふ事も大きい原因ですけれど、一つはその家の庭が昔から流行唄にうたはれた程よい庭であつて、その背景にすぐ後の諏訪大明神の森林、大木の欅の並み立つ深い森をとりいれて作られた、趣ふかい庭であるからです。
 私は丁度其庭に直面した十五疊ほどの大きい座敷を毎年定つてとつておいて貰ふのですが、その庭の向ふに小さい瀧が落ちてゐます。そこには年古りた石燈籠があつて、瀧から落ちる水は眞夏の強い光を反射して、この年古りた石燈籠にキラ/\と影を投げます。私は讀書に飽きた時、一人つれ/″\なる時、この庭の向ふの小さい瀧の水を見てゐると飽きるといふことがありません。夜は締め切つた雨戸をこして、この瀧の音が夢に入るまで凉しい水の歌を奏でてくれます。

 私は昨年の秋にはじめて日光に遊んで、あの有名な華嚴の瀧の壯嚴な水を見ることが出來ました。この感動は一寸筆に表現出來ません。華嚴瀧の名は華嚴經からとつて名づけたものでせうけれど、その深い意味は私には解りません。たゞその字によつて見れば、華やかにして、しかも「嚴」きびしさ、いかめしさ、を持つ文字です。この名が如向にこの瀧に對して適當であるかといふ事を、私は感にたへて眺め入つた事でした。日光にはもつと華嚴より大きな瀧があるかもしれません。然し華嚴の瀧ほど華やかにして威嚴のある瀧は外にはありません。那智の瀧の話はよく人々から聞かされます。一度見たいと思ひますが那智を知らない私は、今のところ華嚴の瀧が最も神品であらうと思はれてゐます。一氣に押して來た水が一山を飛躍し落つる勢、その勢に水は億兆に碎けてさながら雲の樣に、空中に漂よひをなして動きたゆたひ水の姿を變化させてゐる。それが忽ち地上を打つて元の水にかへり萬泡億泡を湧きかへらせてゐる。その水の音たるやさながら常世の響を持つてをります。上より眺め、下よりあふぎ言葉も出でず、私は感動いたしました。

二荒山七十餘丈落ちたぎつ瀧は常世のものと響けり
山を落つる瀧の音ふかし虹たちてしぶきに秋の日は照り映ゆる
山を落つる瀧は水より白雲と霧らひただよひ落ちて流るる



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