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女の子
おんなのこ |
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作品ID | 50444 |
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著者 | 鈴木 三重吉 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「鈴木三重吉全集 第二巻」 岩波書店 1938(昭和13)年5月15日 |
入力者 | 林幸雄 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2010-07-24 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 7 ページ(500字/頁で計算) |
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自分が毎日物を書く一と間の前には、老い耄けたやうな、がた/″\の黒板塀が限られてゐる。左の建物の壁の根に、三つ股になつた、ひよろ/\の低い無花果の木が、上の方に僅かの小さい若芽を附けて、置き忘れられたやうに乏しく踞まつてゐる外には、何の植つてゐるものもない。
いかにも裏町らしい、黒ずんだ土の上には、板塀の下から潜り出たどくだみの四五本が、ちよつぴりと青いものになつてゐるだけである。それも自分が制止しなかつたら、下女がこゝへ越した掃除の際に引き拔いてしまひかけるところであつた。
この小さい、申譯ばかりの庭は、臺所口から、右隣の家との壁の間を身を縮かめて通つて、出這入りするやうになつてゐる。並んだ隣の家の、同じ板塀を前にした小庭との堺には、開き戸の附いた、人の腰までしかない疎な竹垣が劃されてゐるだけで、縁側から覗けば、向うの方も見え續く。
そのとなりの庭には、開き戸の側に、南天の木の柔い葉の茂つた一と株があつて、白い粒々の花がいくつも附いてゐる。その先にはナスタシヤムの朱黄色の花が半坪ばかりに植ゑ寄せられて、ぱつと目に立つてゐる。
「まあ綺麗ですこと。」と越して來た日に下女が目つけて羨しさうに言つた。
「こちらには何の花もございませんのに。」と、向うのが一人で生えでもしたやうにいふのであつた。
「その代りこつちには鳥がゐるぢやないか。」と、自分も子供のやうな事を言つて籠の赤い鳥を柱にかけた。
自分は移ると直ぐから、また一心に書く事を急いだ。となりの家にはどういふ人が住んでゐるのか、自分は知らない。同じ一つの表口の門脇にも、標札が出してない。いくたりの人がゐるのか知らないが、おとなしい靜かな人たちである事だけは事實である。みんな口を閉ぢて話もしないでゐるのではないだらうかと私は下女と話した。下女か、お孃さんか、一人、白いエイパアンをかけた、束髮に結つた人がゐると下女がいふ。下女にしては立派だからお孃さんだらうといふ。
越して來てから四五日の間、毎日じく/″\と雨ばかり降つた。自分は二階を書齋にしてゐるのだけれど、下は下女一人で無用心だから、入院してゐる力子が歸るまでは下にゐる事にして、外の柱に赤い鳥の籠をかけた一と間に、例の乏しい無花果の木と對して書いて行く。
頭が疲れると、障子の根に寢そべつて、餌を食ふ鳥や、毎日じめ/″\降り續く雨を見る。無花果の下の窪みに小さい水溜りが出來て、雨の小止みには板塀の黒いのが仄かにうつる。落ちる形の見えぬ程小さく降りそゝぐ時には、水の面は水馬かなぞでもゐるやうに、じわ/″\と筋が入る。
自分はそれにも飽きると、首を出してとなりの南天の葉に溜る白い雨の雫を見る。縁側へ出て立てば、ナスタシヤムの一團の色が際立つて綺麗である。
それから再びまた書き續ける。歌ふ事の出來ぬわが鳥は、默つて赤く飛び/\して、時々、餌の粟をじ…