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武士道の山
ぶしどうのやま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「新渡戸稲造論集」 岩波文庫、岩波書店
2007(平成19)年5月16日
初出「英文新誌 三巻一七号」1906(明治39)年3月15日
入力者田中哲郎
校正者ゆうき
公開 / 更新2010-04-27 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 武士道は斜面緩かなる山なり。されど、此処彼処に往々急峻なる地隙、または峻坂なきにしも非らず。
 この山は、これに住む人の種類に従って、ほぼ五帯に区分するを得べし。
 その麓に蝟族する輩は、慄悍なる精神と、不紀律なる体力とを有して、獣力に誇り、軽微なる憤怒にもこれを試みんと欲する粗野漢、匹夫の徒なり。彼らはいわゆる「野猪武者」にして、戦時には軍隊の卒伍を成し、平時には社会の乱子たり。
 更に歩を転ずれば、ここに他種の人の住するを見る。山麓叢林の住民よりも進歩したる一階級の民なり。彼らは獣力に荒まず。野猪の族と異りて、放肆なる残虐また悪戯を楽しみとせずといえども、なおその限られたる勢力を行わんことを喜びとなし、傲岸尊大にして、子分に対しての親分たるを好む。その最も快とするところは、自己の威信あるを感ずること、即ち人より服従せらるる事なり。最も彼れを憤懣せしむるものは、その権力の侵害せらるること、即ち抑圧を蒙ることなり。彼らは戦場に在りては勇敢なる下士となり、平時には最も厭うべき俗吏となる。
 この類の住地よりも高くして更に一帯あり。その住民は、野獣的にもあらず、また傲慢にもあらず。多少の学術を愛し、書を読み――多くは経済法律の初歩を学びて、しかして喋々大問題を論ず。その眼界は法律政治の外に出でず。その文学は小説と三文詩歌とに限られ、科学は新聞紙上にて読むものの以外に少しも留意せず。彼らの態度は、「野猪」の粗野と、彼らの直下にある者の厳峻とを脱して、その仲間の者には便安に、上級者に対しては窮屈に、下級者に対しては威張る。彼らは真髄武士道の新参者と称すべく、その数や多大なり。彼らの中よりして軍隊の将校を出し、また政府の事務を掌るの公吏を出す。
 更に高き処に一地区あり、ここには武士中高等なる階級の者繁栄し、軍隊の将軍と、日常生活に於ける思想行為の指導者とを有す。下に在る者には愛せられて、常に威厳を保ち、上に在る者には丁重にして、決して自信を失わず。されど彼らの紳士的態度の皮下には、柔和なるよりも寧ろ多くの厳格なるものを有し、彼らの親切には、同情よりも寧ろ多くの自覚的謙譲あり。彼らの至高なる精神的態度は、愛情よりも寧ろ多くの憐愍を示す。彼らは汝に語るに親切聡明なる事物を以てし、汝はその意を解し、その語を記憶す。されど彼らの声は汝らの裏に生きて存留せず。彼らの汝を見るや、汝はその眼光の透徹なるに驚く。されど彼らの眼の鮮光は、彼らの汝を去ると共に消ゆ。
 汝は峻険崎嶇たる山径を攀じ、至高の地帯に登りて、武士の最高なる者を見んとする乎。此処に在りては、汝を迎うるに、頗る柔和なる民族の毫も軍人的ならず、その容貌態度殆ど婦人に類するものあり。汝は彼らを見て武夫なるや否やを疑わんとす。汝は一見以て彼らを凡人視することもあらん。彼らは尊大ならず。汝は容易に彼らに近づくを得べく、彼…

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