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怪談
かいだん
作品ID50540
著者平山 蘆江
文字遣い新字新仮名
底本 「文豪怪談傑作選・特別篇 鏡花百物語集」 ちくま文庫、筑摩書房
2009(平成21)年7月10日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2018-04-18 / 2018-03-26
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 六つか七つの時分、佐倉宗吾の芝居を通しで見たことがある。例の宗吾一家が磔刑になった後の幕で、堀田家の奥殿に宗吾親子の幽霊が出て堀田侯を悩ますところ、あんな芝居はここ二三十年来どこの田舎へ行っても上演されたという事を聞いた事もないが、六つ七つの私は凄いと思われた。五六日以上も便所へ一人では行かれなくて弱った事を今でも覚えている。その事から思うと、今の小供にあんな芝居を見せたって、フフンといって冷笑するかも知れない。
 嵯峨の怪猫伝の講談をはじめて読んだのは十ぐらいの時であった。父が厳格で頑固の為めに、講談小説の類を読む事を絶対禁止されていた。それゆえ、私は、その嵯峨の怪猫伝を二階へ持って行って一人隠れて読んだ。二階というのは、五六人もいる店の者の寝間にしてあった十二畳の間で、この十二畳の襖紙の隅に寝そべって読む事にした。そこにいさえすれば、だしぬけに父が上って来るような事があっても、楷子段のとっつきの四畳半、六畳、二間を越してでなければ十二畳へは達せないので、そこまで父が来るまではどうでもして本を隠す事が出来るという了見であった。その用意は正に成功したが、さて、いよいよ読みすすんで行く中に、怪猫が小森の母親を喰い殺すところや、腰元を喰い殺すところになると、寝そべった足がだんだんちぢまる。天井うらが気になる。襖紙の向うの廊下がふり向れる、押入れの中などに至っては一層怖くてたまらなくなる。何しろ広い二階に只一人だと思ったら、身も世もあられなくなって、思わず知らず、お父さんと呼んだ。そして駈け上った父に我から見つかって本は取り上げられた上、半日ばかり土蔵に入れられて、この土蔵で又ぞろ、二重の怖い思いをした事がある。
 夜半の怖さ淋しさというものより、真昼間の怖さ淋しさは一層物凄いものだという事をしみじみ感じたその時からであった。二十歳の時であった。鈴鹿峠を只一人、歩いて越した事がある。雨のしょぼしょぼ降る午後の二時頃菅笠をかぶり、糸楯を着て、わらじがけでとぼとぼと峠を上ると、鬱蒼として頭の上に茂った椎の木の梢で、男と女の声がする。仲よく話しているような声でそれがいつまでもいつまでも聞こえる。こちらが急ぎ足になっても、ゆっくり歩いても、いつも同じあたまの上から笠ごしに聞こえる。丁度七曲りの坂を四曲りほど上る間。その声のつきまとうのが気になった。その間、幾度前後をふりむいても人っ子一人通らない。私は気持がわるくなったので、うんと馬力をかけて五つ曲り目を駈け上ると、丁度六曲り目というところに、男と女が番傘一本を相合傘にして、上ってゆくのを見た。この二人の話し声であった事はすぐに判ったが、ここに今尚判らぬ事がある。というのは、この男女は私が坂を通る時に、坂下の茶見せに休んでいたので、私はそれを横目に見ながらたしかに追いこしたのだ。一旦追いこした筈の男女が、いつどこで私を追…

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