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白羊宮
はくようきゅう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「白羊宮」 金尾文淵堂
1906(明治39)年5月7日
入力者golconda
校正者Juki
公開 / 更新2017-05-19 / 2017-05-21
長さの目安約 44 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]


この書を後藤寅之助氏にささぐ


[#改ページ]
[#挿絵]
[#改ページ]


わがゆく海


わがゆくかたは、月明りさし入るなべに、
さはら木は腕だるげに伏し沈み、
赤目柏はしのび音に葉ぞ泣きそぼち、
石楠花は息づく深山、――『寂靜』と、
『沈默』のあぐむ森ならじ。

わがゆくかたは、野胡桃の實は笑みこぼれ、
黄金なす柑子は枝にたわわなる
新墾小野のあらき畑、草くだものの
釀酒は小甕にかをる、――『休息』と、
『うまし宴會』の塲ならじ。

わがゆくかたは、末枯の葦の葉ごしに、
爛眼の入日の日ざしひたひたと、
水錆の面にまたたくに見ぞ醉ひしれて、
姥鷺はさしぐむ水沼、――『歎かひ』と、
『追懷』のすむ郷ならじ。

わがゆくかたは、八百合の潮ざゐどよむ
遠つ海や、――あゝ、朝發き、水脈曳の
神こそ立てれ、荒御魂、勇魚とる子が
日黒みの廣き肩して、いざ『慈悲』と、
『努力』の帆をと呼びたまふ。
[#改ページ]


ああ大和にしあらましかば


ああ、大和にしあらましかば、
いま神無月、
うは葉散り透く神無備の森の小路を、
あかつき露に髮ぬれて、徃きこそかよへ、
斑鳩へ。平群のおほ野、高草の
黄金の海とゆらゆる日、
塵居の窓のうは白み、日ざしの淡に、
いにし代の珍の御經の黄金文字、
百濟緒琴に、齋ひ瓮に、彩畫の壁に
見ぞ恍くる柱がくれのたたずまひ、
常花かざす藝の宮、齋殿深に、
焚きくゆる香ぞ、さながらの八鹽折
美酒の甕のまよはしに、
さこそは醉はめ。

新墾路の切畑に、
赤ら橘葉がくれに、ほのめく日なか、
そことも知らぬ靜歌の美し音色に、
目移しの、ふとこそ見まし、黄鶲の
あり樹の枝に、矮人の樂人めきし
戯ればみを。尾羽身がろさのともすれば、
葉の漂ひとひるがへり、
籬に、木の間に、――これやまた、野の法子兒の
化のものか、夕寺深に聲ぶりの、
讀經や、――今か、靜こころ
そぞろありきの在り人の
魂にしも泌み入らめ。

日は木がくれて、諸とびら
ゆるにきしめく夢殿の夕庭寒に、
そそ走りゆく乾反葉の
白膠木、榎、棟、名こそあれ、葉廣菩提樹、
道ゆきのさざめき、諳に聞きほくる
石廻廊のたたずまひ、振りさけ見れば、
高塔や、九輪の錆に入日かげ、
花に照り添ふ夕ながめ、
さながら、緇衣の裾ながに地に曳きはへし、
そのかみの學生めきし浮歩み、――
ああ大和にしあらましかば、
今日神無月、日のゆふべ、
聖ごころの暫しをも、
知らましを、身に。
[#改ページ]


魂の常井


ああ、野は上じらむ曙の
ゑわらひ浮歩む童女さび、
瑞木の木がくれに、花小草、
莖葉の下じめり香を高み、
朝蹈む陰路の行ずりに、
若ゆる常夏の邦あらば、
往かまし、わが心葉がらみに、
くれなゐ、――燃ゆる火の花と咲かめ。

ああ、世にしろがねの高御座、
美酒の香ぞにほふ御座の…

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