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源氏物語
げんじものがたり
作品ID5063
副題48 椎が本
48 しいがもと
著者紫式部
翻訳者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「全訳源氏物語 下巻」 角川文庫、角川書店
1972(昭和47)年2月25日改版
入力者上田英代
校正者kompass
公開 / 更新2004-04-17 / 2014-09-18
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

朝の月涙のごとくましろけれ御寺の鐘
の水渡る時        (晶子)

 二月の二十日過ぎに兵部卿の宮は大和の初瀬寺へ参詣をあそばされることになった。古い御宿願には相違ないが、中に宇治という土地があることからこれが今度実現するに及んだものらしい。宇治は憂き里であると名をさえ悲しんだ古人もあるのに、またこのように心をおひかれになるというのも、八の宮の姫君たちがおいでになるからである。高官も多くお供をした。殿上役人はむろんのことで、この行に漏れた人は少数にすぎない。
 六条院の御遺産として右大臣の有になっている土地は河の向こうにずっと続いていて、ながめのよい別荘もあった。そこに往復とも中宿りの接待が設けられてあり、大臣もお帰りの時は宇治まで出迎えることになっていたが、謹慎日がにわかにめぐり合わせて来て、しかも重く慎まねばならぬことを陰陽師から告げられたために、自身で伺えないことのお詫びの挨拶を持って代理が京から来た。宮は苦手としておいでになる右大臣が来ずに、お親しみの深い薫の宰相中将が京から来たのをかえってお喜びになり、八の宮邸との交渉がこの人さえおれば都合よく運ぶであろうと満足しておいでになった。右大臣という人物にはいつも気づまりさを匂宮はお覚えになるらしい。右大臣の息子の右大弁、侍従宰相、権中将、蔵人兵衛佐などは初めからお随きしていた。帝も后の宮もすぐれてお愛しになる宮であったから、世間の尊敬することも大きかった。まして六条院一統の人たちは末の末まで私の主君のようにこの宮にかしずくのであった。別荘には山里らしい風流な設備がしてあって、碁、双六、弾碁の盤なども出されてあるので、お供の人たちは皆好きな遊びをしてこの日を楽しんでいた。宮は旅なれぬお身体であったから疲労をお覚えになったし、この土地にしばらく休養していたいという思召しも十分にあって、横たわっておいでになったが、夕方になって楽器をお出させになり、音楽の遊びにおかかりになった。こうした大きい河のほとりというものは水音が横から楽音を助けてことさらおもしろく聞かれた。
 聖人の宮のお住居はここから船ですぐに渡って行けるような場所に位置していたから、追い風に混じる琴笛の音を聞いておいでになりながら昔のことがお心に浮かんできて、
「笛を非常におもしろく吹く。だれだろう。昔の六条院の吹かれたのは愛嬌のある美しい味のものだった。今聞こえるのは音が澄みのぼって重厚なところがあるのは、以前の太政大臣の一統の笛に似ているようだ」
 など独言を言っておいでになった。
「ずいぶん長い年月が私をああした遊びから離していた。人間の愉楽とするものと遠ざかった寂しい生活を今日までどれだけしているかというようなことをむだにも数えられる」
 こんなことをお言いになりながらも、姫君たちの人並みを超えたりっぱさがお思われになって、宝玉を埋め…

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